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平松神社へ行きました
皆様 お元気ですか 元校長で
社会福祉士のノブちゃんです。
平松神社は,鹿児島市街地
から,右に錦江湾を見ながら
国道10号線を姶良市方向へ
走ると,鹿児島市と姶良市と
の境で日豊本線の線路を越え
たところにある神社です。駐
車場がなく,国道沿いになん
とか車を止めることができま
す。これまで10号線を走る
たびに通過しながら何の神社
かなと,通るたびに気になっ
ていたのでした。ここへ4月
21日初めて寄ってきました。
この神社は,島津四兄弟の三
男,歳久が祀ってある神社で
した。
ネットによると歳久は,戦
国時代の島津家に仕えた武将
で,薩摩国守護で15代当主の
島津貴久(たかひさ)の三男
で,兄に16代当主・義久(よ
しひさ)と義弘(よしひろ),
弟に家久(いえひさ)がいる。
生まれは伊作(日置市)で,
他の兄弟に比べあまり目立た
ず,豊臣秀吉の怒りを買って
自害している。竜ヶ水の平松
神社が,歳久最後の場所。そ
の前身を心岳寺(しんがくじ)
といい,慶長4年(1599年)
に島津義久によって歳久の菩
提をともらうために建立され
た。明治の初めに廃寺となり,
その後は神社となる。境内に
は島津歳久と殉死者27名の墓
石もある。なお,江戸時代に
は「戦いの神様」として,薩
摩武士の崇敬を集めていた。
また,「安産の神様」でもある。
第二次世界大戦の頃までは,
「心岳寺詣り」という行事も
恒例だった。たくさんの人が
島津歳久の武勇をしたって,
命日の旧暦7月18日に参詣し
た。心岳寺参りは、平松神社
にも引き継がれ,8月17日・
18日に多くの参拝者で賑
わった。日豊本線には,
竜ケ水駅 - 重富駅間に参拝
者向けの駅として心岳寺仮
乗降場が存在していた(心
岳寺参りの行われる8月,
9月のみの営業だった)。戦
後,心岳寺参りは急速に減
少し,心岳寺仮乗降場も
1967年をもって廃止された。
とあります。
境内では,二人の方が何
か作業をしており,私がお
参りを済ますと,その一人
が寄ってこられ,お話しま
した。その方は宮司で島津
家の方でした。この方の話
によると本来,伊作島津の
方がここの宮司になるべき
だったが,その方は正座が
できないので,私は東京で
仕事をしていたが,それを
やめここの宮司になったと
話されました。二人は目の
前の海で採れたひじきを食
用にするために,作業中
だったとのことでした。こ
の日は,天気も良く,神社
から錦江湾,桜島,霧島方
面もよく見える場所でした。