第49話　ヒトと犬の歯周病〜キーストーン細菌とは？〜



歯周病は歯の表面に細菌がベタっとくっついて、ネバネバ（バイオフィルム）を作る病気（バイオフィルム感染症）で、ジンジバリス菌（Pg菌）を主犯格とする特定の細菌が原因だってことがわかった(Trahan L.1995)。細菌がネバネバを作ると、厄介なことに薬が効かなくなるという大きな問題に直面する。最近の研究で歯周病菌の中にも色々な菌がいて、いつもはおとなしい菌、1人じゃ何にも出来ないけど仲間を扇動して暴動を起こす菌、チャンスがあれば全身への侵略を虎視眈々と狙っている菌などがいることがわかってきた。歯周病菌の中で最も病原性が強いと言われている3つの主犯格の細菌がわかっており、これらの最強3菌種を合わせてRed Complex (3菌種)と呼ぶ(Sigmund S Socransky et al.2000) 。

1)ジンジバリス（P.g菌）

2)デンティコーラ（T.d菌）
3)フォーサイセンシス（T.f菌）

2.歯周病はどうやって悪化するの？

歯周病がどういうステップで悪化をするかザックリと説明すると、
①口腔内細菌が暴動を起こし歯茎が炎症を起こす。

②歯と歯肉の間に歯周ポケットという秘密基地を作る。

③バイオフィルムというバリアで秘密基地を補強する。

④ジンジバリス（P.g菌）はジンジパインという強力な毒素（タンパク分解酵素プロテアーゼ）を注入して歯肉炎を引き起こして出血しやすいように細工して血液（鉄）を食べる。（虫歯菌は砂糖が大好きだけど歯周病菌はタンパク質や鉄が大好き）

⑤ 血液（鉄）というご馳走を食べたジンジバリス菌（Pg菌）はモンスター化し、歯を支える歯茎を破壊して歯をグラグラにして自分たちの秘密基地を拡大する。
⑥酸素があると増えれないRed Complexたちは秘密基地のさらに奥に逃げる。

⑦バイオフィルムというバリアを拡大して歯石で秘密基地をガードする。
⑧酸素濃度を薄くした環境で歯周病菌たちが快適に過ごすことができ歯周病がガンガン進行する。

3.破壊工作員ジンジバリス菌の必殺技

このジンジバリス菌（P.g菌）を撃退したら歯周病にならないんじゃないの？って考えたくなるが、実はジンジバリス菌（Pg菌）は口腔内では少数派であり、歯周病のRed Complex (3菌種)自体も歯周病の部位からそれほど多量には見つからない。マウスを使った実験ではジンジバリス菌（Pg菌）が全菌量の0.01%未満でも歯周炎が起こり、その数は歯周病の有無に関係しなかった。さらに無菌マウスにジンジバリス（P.g菌）を投与しても歯茎は解けなかったけど、無菌じゃない普通のマウスの口腔内細菌にジンジバリス（P.g菌）を投与したらめちゃ歯周病になり、さらには，口腔内の細菌の総数がめちゃ増えて、細菌のバランスも崩れた。つまり歯周病になるにはジンジバリス（P.g菌）だけじゃイマイチで他の細菌の力が必要だということがわかった(George Hajishengallis et al.2011)。



4.キーストーン病原体
1人では何もできないけど他の細菌を病態に巻き込んで自分に有利な形へバランスを崩しちゃう微生物をキーストーン病原体（Keystone pathogen）と呼ぶが、まさにジンジバリス（P.g菌）は歯周病のキーストーン病原体です。１人じゃ何もできないけど隙を見せれば牙を剥くジンジバリス（P.g菌）がどういう戦略で歯周病を引き起こすのかというと、ジンジバリス菌（Pg菌）はなんと警察（免疫）が取り締まり活動をできなくするという必殺技ウルトラCを持っている。
ジンジバリス（P.g菌）が暴動を起こし、歯周組織が痛めつけられると、通常は警察（免疫）が駆けつけパトカー（白血球）がサイトカインと呼ばれる警報を鳴らし「敵が侵入したぞ」と知らせる。サイトカイン（警報）によってパトカー（白血球）が集まって来くるけど、ジンジバリス（P.g菌）がパトカー（白血球）に食べられては困るので、ジンジバリス（P.g菌）は警察官（補体）を殺してして逮捕（貪食）されないように逃げ、さらに凶悪な仲間たち（歯周病菌）を扇動する。警察（免疫）による規制が解除されているが故に集まった仲間たち（歯周病菌）は好き勝手に暴動を起こせる。このようにジンジバリス菌（Pg菌）は仲間の歯周病菌たちが白血球（好中球）に食べられないように逃がしてあげつつタッグを組み警察（免疫）との熾烈な戦いを続ける。その結果、歯茎を溶かし歯周組織を食べまくるという凶悪な破壊工作員であるジンジバリス（P.g菌）はさらにご馳走を求めて縄張りを広げていく。

5.歯周病と全身疾患の関連

腸内細菌が乱れると多くの全身の病気に影響していることがわかっている。
一方で、歯周病はこれまでに、口腔内の極悪バイキンであるRed Complexによって引き起こされると考えられてきたが、近年では、歯周病は口腔細菌の乱れによって引き起こされる可能性を指摘されている。さらに歯周病と関連する口腔細菌を多量に継続的にゴックンしていると腸内細菌が乱れ、それにより様々な病気になりやすくなる。実際に、ジンジバリス菌（Pg菌）をマウスに飲ませると腸内細菌叢が変化して病気になると報告（Arimatsu et al., Sci. Rep. 4, 4828; 2014）されている。
実際にヒトで歯周病菌の検出が報告された組織には、心臓(とくに弁)や肝臓だけではなく、血管や関節、さらには胎盤(臍帯・羊水)がある。つまり歯周病は、脳梗塞、肺炎、心筋梗塞、動脈硬化、糖尿病、早産、肥満など、全身の様々な病気と関係していることが分かっていまる。さらに、最近、口腔内常在菌の一種で、歯周病を悪化させることが知られているヌクレアタム菌(F. nucleatum)が口腔内（唾液）と大腸癌病変の両方から検出された結果から発癌に関わってるんじゃない？というセンセーショナルな論文(Castellarin M et al. 2011)も報告されている。

6.犬の歯周病
4歳以上の犬の85％が歯周病になる(Fábio Alessandro Pieri et al.2016)と言われている。犬の歯周病もヒトと同じように口の中の細菌が犯人で、ヒトではジンジバリス菌が主犯格だったが、犬ではグラエ菌が主犯格である。犬の歯周病もヒトと同じように全身の組織や心臓や腎臓、肝臓に影響を与える可能性があることが報告 (José Diogo Pereira Dos Santos et al.2019)されている。

7.具体的にどうしたらいいか？ 

その答えはズバリ「口腔内細菌の数を減らす」。そうすれば多少極悪の歯周病菌がいても扇動される菌が減れば脅威にもならない。暴走族も一般道に1台や2台であれば大きな問題にならないが、300台の暴走族が幹線道路を封鎖すると非常に厄介なのと同じである。腸内細菌の改善には主にビフィズス菌や乳酸菌などの有用菌をどのように増やすかが中心であるのに対し、歯周病の改善には口腔内細菌全体の病原性菌をいかに増やさないかを中心として考える必要がある。ヒト医療では糖アルコール（キシリトールなど）が虫歯菌（ミュータンス菌）や歯周病菌（ジンジバリス菌）などの増殖を抑え、虫歯や歯周病に予防的効果があることがわかっている。犬においては、キシリトールは低血糖と急性肝不全を起こすことが報告されているので犬において安全性が確認されているエリスリトールが犬の歯周病の予防には効果が期待できる。


あとがき
このメルマガは、「診察室では話しきれない情報を伝える」で、「ヒトとペットの健康に関わるイケてる研究論文を独断と偏見でピックアップしておじいちゃんでも理解できる言葉で噛み砕いてわかりやすく表現すること」にコミットします。情報量がかなり多くて1度読んだだけでは100%の理解は難しいと思います。仮に10％しか理解できなくても次に読んだり聞いたりした時に点と点が繋がって線になる時がいつか来るので心配しないで下さい。
特に腸内細菌や口腔内細菌や皮膚細菌にググッとフォーカスし、鋭くザクッとメスを入れます。動物病院でアレルギーのペットを毎日診断・治療して、ペット合ったオーダーメイドの乳酸菌を飲むとによって腸内の細菌のバランスを元に戻してあげることによって痒いという症状が改善していくの目の前でみて、やはりカギとなるのは菌だと感じています。そんな想いを高速道路サービスエリアに設置されて、「コーヒールンバ」の曲にのせてプチ贅沢なコーヒーが出来上がるまでの時間でも読めるくらいにギュッとコンパクトにまとめて発信します。この記事が誰かの目に留まり、アレルギーで痒がる世界中のワンちゃんと猫ちゃんへの恩送りとなりますように…
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川野 浩志(獣医師 獣医学博士)
日本獣医皮膚科学会 認定医
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