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第19話 皮膚常在菌の攻防戦〜味方の誤射とバイオフィルムというハイテク戦略〜

第19話 皮膚常在菌の攻防戦〜味方の誤射とバイオフィルムというハイテク戦略〜

腸内フローラは有名になってきましたが、腸内だけではなく皮膚表面にも目に見えない数µmの小さな細菌がたくさん生息しています。ゲームセンターにヤンキーが集まるように皮膚表面の細菌も種類により好みの居場所があります。このように体に日常的に共生して棲息する細菌や真菌などを「常在菌叢(indigenous microbial flora)」と呼びます。この常在菌叢というのは,本来の居場所に定着しているかぎり、またその人が健康で通常の免疫力を保っているかぎり問題(感染症)を起こしませんが、様々な原因で菌のバランスが崩れると問題になります。

2011年にCell Host Microbeという雑誌に投稿されたThe human microbiome project in 2011 and beyondという論文で、ヒトの皮膚表面には約200種類以上の菌属がいることが明らかになりました。今回のメルマガで登場する有名な菌を先にピックアップすると

<皮膚の悪役として君臨する細菌>
スタフィロコッカス ・アウレウス(Staphylococcus aureus):黄色ブドウ球菌

<皮膚でヒーローとして活躍する細菌>
スタフィロコッカス・エピデルミディス(Staphylococcus epidermidis):表皮ブドウ球菌(通称美肌菌)
スタフィロコッカス・ルグドゥネンシス(Staphylococcus lugdunensis)
スタフィロコッカス・ホミニス(Staphylococcus hominis)
ロゼオモナス・ムコサ(Roseomonas  mucosa)

<時に悪役、時にヒーローとなる細菌>
プロピオニバクテリウム アクネス (キューティバクテリウム アクネス)(Propionibacterium acnes/Cutibacterium acnes):通称アクネ菌

皮膚表面に常在する一番有名なブドウ球菌はめちゃくちゃ悪役の黄色ブドウ球菌(スタフィロコッカス・ アウレウス)で、皮膚表面や毛穴に存在します。存在しているだけでは問題がありませんが、皮膚がアルカリ性に傾くとドカンと増殖して皮膚炎を引き起こします。ヒトのアトピー性皮膚炎が悪くなるときは、黄色ブドウ球菌だけが極端にドカンと増えて、良くなると黄色ブドウ球菌はガクンと減りアトピーの悪化の要因と1つと考えられています。

ブドウ球菌の中でもスーパーヒーロー的存在の表皮ブドウ球菌(スタフィロコッカス・エピデルミディス)は,通称“美肌菌”とも呼ばれ、汗や皮脂をエサとして食べグリセリンや脂肪酸を作り出してくれます。グリセリン(皮膚に潤いを与える働き)は角質層から美しく潤いある肌を作り上げてくれ、皮膚のバリアをガッチリ守ってくれます。脂肪酸は肌を弱酸性に保ち武器(抗菌ペプチド)を作り出すことで、肌荒れやアトピー性皮膚炎の原因になる黄色ブドウ球菌の暴走(増殖)を食い止めてくれます。

さらにヒーロー的存在のスタフィロコッカス・ルグドゥネンシス(Staphylococcus lugdunensis)がいます。この細菌は悪役である黄色ブドウ球菌を殺す新しい抗生物質であるルグズニン(lugdunin)を産生します。2016年にネイチャーという有名な雑誌に投稿されたHuman commensals producing a novel antibiotic impair pathogen colonizationという論文で、ルグズニンを産生するスタフィロコッカス・ルグドゥネンシスと黄色ブドウ球菌をマウスの鼻の内に接種し結果、スタフィロコッカス・ルグドゥネンシスが存在していた場合には黄色ブドウ球菌は攻撃されることがわかっています。

ニキビでも有名なアクネ桿菌(Propionibacterium acnes)は酸素が嫌いなので毛穴や皮脂腺で隠れて生活し皮脂をエサにプロピオン酸(脂肪酸)とグリセリンを作り出す(Rosenberg, E.W. 1969.)ことで皮膚表面を弱酸性に保ち、皮膚に付着する病原性の強い細菌の増殖を抑える役割を担っています。アクネ菌は一般的にニキビの原因と言われていますが、増殖しなければニキビの原因菌になりません。しかし、皮脂の分泌量が増えたり、何かの異常で毛穴をふさいだりすると、アクネ桿菌が過剰に増殖し炎症を引き起こしてニキビになります。これが女子高生がチョコレートを食べるとニキビができやすくなる原理です。

これら常在細菌は、菌のバランスが壊れたときに皮膚のトラブルになります。そのため、バランスを壊さないようにする必要があり、特に美肌菌である表皮ブドウ球菌を減らさないようにすることがメチャクチャ大切です。表皮ブドウ球菌は角質層に存在しているため、ゴシゴシ洗いなど無理に角質を落とすような行為をすると減ってしまします。また乾燥など皮膚のpHがアルカリ側に傾くとアルカリを好む病原性の強い黄色ブドウ球菌や真菌が繁殖するのでやはり保湿は重要になります。

ヒトのアトピー性皮膚炎の患者の皮膚では、常在菌のバランスが崩れ、常在菌であるブドウ球菌叢の中でも黄色ブドウ球菌が異常繁殖(コロニー形成)し、黄色ブドウ球菌から発生する毒素が皮膚の乾燥や痒みなどを引き起こして病態を悪化させる要因なのではないかと考えられるようになっています。じゃあ、この黄色ブドウ球菌をなんとかすればアトピー性皮膚炎の治療につながるんじゃないの?って考えた研究者が、First-in-human topical microbiome transplantation with Roseomonas mucosa for atopic dermatitisという論文でアトピー性皮膚炎の患者の皮膚に健康な人の皮膚から取り出したロゼオモナス・ムコサ(Roseomonas mucosa)という皮膚の細菌を移植(菌が含まれたスプレーを噴きかける)した結果を報告しています。結果は、試験終了時に参加者15人のうち10人でアトピー性皮膚炎の症状の重症度が50%以上軽減し、副作用がなくステロイドを減量することができました。つまりロゼオモナス・ムコサを移植することによって皮膚常在菌の乱れたバランスを正常に戻すことができた可能性があるということです。

さらに今回の研究では、防腐剤や保湿剤などスキンケア製品の多くに含まれるパラベンなどの防腐剤や保湿剤がロゼオモナス・ムコサの成長を阻害することもわかりました。特定のスキンケア製品を使用することで、ロゼオモナス・ムコサの成長が阻害されアトピー性皮膚炎が悪化するリスクがあるということです。アンパンマンに例えると、防腐剤でアンパンマンやメロンパンナちゃんがやっつけられ、バイキンマンだけが残ってしまう感じです。

最後に、黄色ブドウ球菌が皮膚表面で勢力を拡大する戦略の1つがバイオフィルムという作戦です。つまり、バイオフィルムという秘密基地を作り、内部では,他の菌や薬物、さらに白血球からの攻撃からも身を守り効率良く生活をする作戦です。スーパーマリをで例えると、まるでスターをゲットして無敵状態になったスーパーマリオがクリボーからの攻撃を交わす無双状態です。
2014年に報告された The presence and impact of biofilm-producing staphylococci in atopic dermatitisという論文で、アトピー性皮膚炎の皮膚では黄色ブドウ球菌のバイオフィルムは病因に大きな役割を果たしており、汗のでるところをバイオフィルムがブロックすることで炎症と痒みが悪化すると報告(Herbert B et al .2014)されています。さらに保湿がバイオフィルム形成の予防に有効であることをわかっています。何度も言いますが、やっぱり保湿が重要です。


あとがき
「なぜこのメルマガを始めたか?」1番の理由は、「診察室では伝えきれない有益な情報を伝えたいから」で、コンセプトは、「ヒトとペットの健康に関わるイケてる最新海外論文を独断と偏見でピックアップして翻訳して届ける」です。
中学2年生でも理解できるような言葉で噛み砕いてわかりやすく表現することにコミットします。特に腸内細菌にググッとフォーカスし、鋭くザクッとメスを入れます。動物病院でアレルギーのペットを毎日診断・治療して、ペット合ったオーダーメイドの乳酸菌を飲むと症状が改善していくのをみて、まだアレルギーになる前に腸内細菌をバンバン刺激すれば、そもそもアレルギーを予防できるんじゃないの?と妄想しつつ、ペットのアレルギー0社会がつくれないかと本気で考えています。そんな想いをカップ麺にお湯を注いで食べるまでの隙間時間や新橋ー東京区間でも読めるくらいにギュッとコンパクトにまとめて発信します。

東京動物アレルギーセンター 
センター長 
日本獣医皮膚科学会認定医
獣医学博士 川野浩志


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