加藤眞悟

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『蝉丸』を舞い勤めて!

『蝉丸』替之型を舞い勤めて――魂の邂逅、そして逢坂山という聖域

去る六月十四日、梅若研能会六月例会におきまして、能『蝉丸』のシテ(逆髪)を「替之型(かえのかた)」にて無事に舞い勤めることができました。観世能楽堂へ足をお運びいただきました皆様、また遠方より心を寄せてくださいました皆様に、厚く御礼申し上げます。 

今回の舞台を迎えるにあたり、私は一つの確信を持って、この深遠な物語と向き合っておりました。それは、先日の演目勉強会やSNSなどでもお話しさせていただいた、映画『となりのトトロ』をはじめとするジブリ映画の視点を補助線にした「魂の邂逅」という夢想です。 

現代人がジブリ映画の緻密な世界観に熱狂し、様々な解説や考察を交わすように、かつて能を観た当時の公家や知識人たちは、和歌の達人であるがゆえに、現代人の想像力を遥かに凌駕するレベルで詞章のイメージを脳内に膨らませていたはずです。言葉の一つひとつに「無常」や「因果」の記号を読み解き、現実と幽玄の世界を自在に往還する高度な精神性こそ、当時の猿楽が芸術の頂点を極めた核心であったと私は考えております。 

◆ 「替之型」の演出が意味するもの
今回私が勤めました「替之型」の小書(特殊演出)では、装束や動きのほかに、通常はワキ座に置かれる藁屋(作り物)が「笛座前」へと配置されます。
これは、蝉丸が動かず、何もしていない時であっても、常にその場に「存在し続けている」ことを示す演出です。 

出家を遂げ、僧となった蝉丸は、雨の夜に風の音や琵琶の調べを通じて、目に見えぬ「魂の世界」と対話する存在となっています。その蝉丸が舞台に厳然と存在し続けることで、あの逢坂山という場所は、現世のただの山ではなく、あの世とこの世の境界線――まさに猫バスが往還するような、異界の磁場(聖域)へと塗り替えられるのです。

◆ 魂の世界での邂逅と、別れの必然
髪が逆立ち、狂乱の底にあって「この世とあの世の狭間」を彷徨う姉・逆髪。彼女は引き寄せられるように逢坂山へと至り、蝉丸の琵琶の音――すなわち「招魂」の響きによって、奇跡的な再会を果たします。 
二人が手を取り合い、宮中の思い出と現在の不遇を語り合う時間は、肉体的な障害や境遇をすべて超越した、純粋な「魂同士の会話」そのものです。

しかし、私たちは肉体を持つ以上、その魂の領域に永遠にとどまり続けることはできません。
「魂の世界に居続けることはできない」からこそ、あのラストの別れは、単なる現世の一時の別離ではなく、それぞれの宿命へと戻っていくための「今生の別れ(永遠の別離)」としての切なさが、格段に増して胸に迫るのです。 
型を忠実に守りながらも、心の中では時代を超越した無限の物語を紡ぎ出す。これこそが能の贅沢であり、面白さです。

勉強会にてこのお話をした際、皆様から「一気に舞台が深く感じられる」と温かいお声をいただいたことは、私にとっても大きな力となりました。 

現代の感性をも包み込む能の多面的な魅力を、これからも皆様と共に探求していければ幸いです。今後とも一層の精進を重ねてまいりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。 

観世流能楽師
加藤 眞悟

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