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「舞」と「無」
「舞」と「無」
加藤眞悟
「舞」について、能世界では「舞」は多義に使われます。例えば、能の中心的な物語をクリサシクセという章段で表しますが、古くは曲舞(クセマイ)と言った独立した芸能でした。そのクセの「舞」やキリ(最後)の「舞」などを総称して「仕舞(しまい)」と言います。また謡のない囃子だけで演奏される[神舞][男舞[[天女舞][序之舞]などの、ある舞の名称としても使われます。能一番を演じるのを古くは「勤める」と言いましたが、楽屋の会話では「舞う」と言うこともあります。能の一部分を「舞ふ」と言い能一番をを勤めることを「舞う」ともいう訳です。
ではその「舞」について、漢字の成り立ちから紐解いてみます。白川静先生の『字通』によりますと「無」という字は、もともと雨乞いの巫女が袖を翻して舞う姿そのものを象ったものでした。日照りによる「雨がない」なかで「舞」から有無の概念が加わり、「無マイ・、ム」はもっぱら「ナイ方の無」に使われるようになり、本来の「無のマイ」は神さまの足跡の「舛」を加えて、「舞」という字が生まれたとのことです。
こうして「無のマイ」が「舞のマイ」へと姿を変えた背景には、形の無いものを身体によって現(有)そうとする、祈り(神さまの足跡)の行為があったように思われます。
祈りの行為を儀式化し、猿楽以前から伝わっていた『翁』(三番叟)のことを、世阿弥は「能にして能にあらず」と言っています。「能であるが、祈りが中心で物語が無いので能では無い」という意味と思います。『翁』で使われる「面」は楽屋ではその『面』が御神体として祀られ、洗米、塩、御神酒肴と共に祭壇が設けられます。そして舞台と演者全員に切火をし、舞台へ進みます。やがて千歳(センザイ、若い男)が場の清めの舞を舞い、座の長が舞台上で翁の面をつけて舞を舞い、万歳楽と舞いおさめます。そこには古代の巫女が神を降ろした儀式を「男巫女」として執り行われているように感じられてなりません。この時に翁の面は神の依代であり、また『翁』を勤める人も神の依代となっています。
世阿弥の「能にして能にあらず」は能はこの精神を基としているという意味でもあります。
例えば『松風』では、松風・村雨姉妹の姉の松風が在原行平への恋慕の情を語り「立ち別れ[中之舞]稲葉の山の 峰に生ふる 松とし聞かば 今帰り来ん」と和歌の朗詠の間に割って行って舞を舞います。つまり、意味の無い[中之舞]は和歌の心の「帰ってくると言ったではないか」の心で舞われます。舞(マイ)を舞うことは、「無・ム」から「有」に変わって行くのです。
そして『松風』では、この「舞・マイ」の後、姉の松風の心は少しずつ穏やかになり、周りの自然観察の余裕が生まれ、僧に弔いを頼みやがて自然の中に溶け込んで消えて行きます。つまり意味の 無い[中之舞]の「舞・マイ」を舞うことは、「無から有」と同時に、精神的な向上(有)が表現されているのです。シテ、ツレ、ワキの立ち役の演者は、我の無い状態で舞うことによって地謡、囃子の音が演者の依代の身体を通して地謡の謡う詞章が瑞々しく立ち現れてくるという演技なのです。囃子の演奏、地謡の謡も依代となることによって、詞章が立ち現れてくることは同じです。
この演じようと思わないことによって、表される思い。心を空しくすることによって立ち現れる心。この逆説的な表現方法は漢字の成り立ちの「無」と「舞」の関係性にも通じるものがあると思います。
2026年3月28日