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小学校で能ワークショップ
こんにちは、加藤美紀です。
先日、群馬県の小学校で能のワークショップがありました。今日は、そこでの気づきを書かせて頂きます。
主人は、伊勢崎市から「教育アンバサダー」というお役を拝命しており、毎年いくつかの小中学校へ出かけ、子どもたちに伝統芸能を紹介するという貴重な機会を頂いています。
いつものように、稽古は師匠と弟子が向き合ってご挨拶するところから始まります。全員で「よろしくお願いします。」と礼をすると、何人かの生徒さんが直立し頭を下げない姿勢でいます。その場で指摘することは避けワークショップを続けたところ、抵抗があるわけではなく、皆さん積極的に参加してくれたということでした。
最近小学校では外国にルーツをもつ生徒さんたちが増えているそうです。そういえば前年度はワークショップには参加せず体育館の端で見学だったそうです。今年度は参加はしたものの、イスラム教では神に対してのみ頭を下げるという考えのため、その生徒さんたちは頭を下げなかったということでした。
そこで主人は、外国籍の生徒さんにも、ともに学ぶ日本の生徒さんにも、能楽という日本の伝統文化の心を伝えるにはどうしたらよいか思案したそうです。
今後は「礼に始まり礼に終わる」作法は宗教儀礼ではなく、日本の芸能における心を整える作法であることを丁寧に説明する。そして、胸に手を当てる、黙想するなど、それぞれの文化に沿った形で敬意を表してもよいと事前に伝えることにしたそうです。
なるほどと思いました。多文化共生によって、一つ一つの所作の本質にある精神は何かを考える機会になりました。
何に対して頭を垂れるのか。異文化から見れば、目の前の師匠を神のごとく敬う行為に感じるのかもしれません。日本の子どもたちも同じように感じるかもしれません。
もちろん、教えを乞う相手に対して敬う心をもつことは、自分が新しい知識を吸収するときの大切な姿勢だと思いますが、その背景に、もっと大きな伝統と歴史を感じるものではないでしょうか。何百年前から伝わる日本人の知恵というか、心というか、奥に広がる世界を敬うことで、自分の中に自然に精神が流れてくるような氣がします。
頭を垂れることで、自分が自然に謙虚になれます。その心の姿勢が、物事を吸収したり、自分の神聖な部分が目覚めたりするのではないかと想像しています。敬意を表すことは、何よりご本人が豊かになれる所作ではないかという氣がします。
多文化共生のむずかしさが巷にチラホラ聞こえ始めました。自己主張の強い外国文化もあります。日本人は受け入れ上手なところもあります。しかし、「ただ聞けばいい」では共生とは言いがたいでしょう。
私たちの祖先が長い歴史をもって大切にしてきた知恵を、いかに本質を伝えられるか、いかに共生してゆくか、これまでにない挑戦かもしれないと思いました。