加藤眞悟

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世阿弥の思想「心の水」

世阿弥の思想「心の水」                    
                        加藤眞悟

 「心の水の底が清く」(実盛のロンギより) 
         ~「讃仏乗の因縁」の采女に思う~

 能の詞には、ふと心に残る美しい響きがたくさんあります。その一つが「水滔々として波悠々たり」です。

 『天鼓』では、待謡の後に「夜空を 水滔々とし波悠々たり」と謡われて、眩い星空の中で天鼓少年はただ成仏の喜びだけを見せてくれます。妄執も去り、完全に清らかになって、歓喜だけがそこにあるように描かれています。
 『翁』の最初の言葉では「とうとうたらりたらりら」と具体的には水とは言わないですが、溢れるばかりの豊かさを示しています。そして千歳は「鳴るわ滝の水、なりは滝の水 日は照とも 絶えずとうたりありうとうとうとうとう……」と、水を具体的に出して、溢れる豊かさと清めの浄化を舞台に創出します。また、『安宅』では男舞の前後に「鳴は滝の水 日は照とも 絶えずとうたり……」と謡い、『安宅』の曲柄からしてここでは、主への無垢の忠誠心と勢いを表しています。
 『養老』では「水滔々として波悠々たり。おさまる御代の、、君は船、臣は水、水よく船を浮かめ」と、清らかで豊かな水が平和をもたらすことに使われます。これまでの引用例では、完全にその状態に成り切っているニュアンスを読み取れます。
 そして、今回の『采女』ですが、世阿弥は、自殺した人までをも救う曲として『清経』と『采女』を書いたのではないかと思います。この二曲には、自殺した人にも焦点を合わせる世阿弥のヒューマニズムを感じます。これまでの解釈では、采女は「南方無垢世界生まれんことも頼もしや」と望みを抱きながらも、讃仏乗の因縁を頼りに「よく弔ってくれ」と波の底へ帰っていく、という哀切な終わり方で理解されています。

 今回の小書の「美奈保之伝」は、水面に浮かぶ采女(死体)の姿、水面(みなも)から来た名前と言われています。上演の際は、髪の毛を数本垂らしたりして、成仏はまだ途中か、未完のまま、ということを強調される演出で行われているように思います。
 でも私は「讃仏乗の因縁」から、次のようにも読めるのではないかと思いました。恐れ多いことですが、聖書や経典は後の人によってまとめられています。究極的には宗教は文学の中にあり、自然は科学の中にあります。世阿弥は、この自然の理に気がついてから、僧の言葉が耳に入るという順番で描かれている演目が多いように感じます。
 『采女』の序之舞が終わったあとの比喩的な自然描写が続きます。「松の葉の散り失せずして、正木の葛長く伝わり」の意味は、藤は自らの生命力で松を枯らすこともあります。しかし加減良く松(天皇家)と藤(藤原氏)が絡むと、松も藤も見事に栄えます。続く「鳥あと絶えず、天地穏やかに国土安穏に四海波静かなり」の、鳥の鳴き声は恋愛でもあり、仏法の唱えでもあります。四海波は大和(日本)であり、自然の中に全ての調和した様子が描かれつつも、天皇家と藤原氏の安泰であることを述べています。
 そして今回、最も大事な言葉、「猿沢の池の面、猿沢の池の面に、水滔々とし波また悠々たりとかや」は、単なる自然描写に留まらず、「水滔々として波悠々たり」の言葉の持つ呪術的力に焦点を当てて考えても良いのではないかと思いました。つまり入水して澱んでいた池が、もう完全に清らかになりきった。終焉の「池に入りにけり、また波の底に入りにけり」は、この清らかな池の底(『実盛』の「心水の底」)に帰っていく姿を示しているのではないでしょうか。
 そのように読んでいると、次に続く「石根に雲起こって雨は窓漏を打つなり。遊楽の終夜、これ采女の戯れと覚すなよ。讃仏乗の因縁なるものを、よく弔はせ給へやとて、また波に入りにけり。また波の底に入りにけり」の読み方ですが、「石根に雲起こって雨は窓漏を打つなり」は、山に雲がかかれば雨が降る、という自然の理をそのままに解いています。采女自身がこの理に気づいて、「遊楽の終夜、これ采女の戯れと覚すなよ」と采女の戯れではありません、と述べておき、「讃仏乗の因縁なるものを」と仏を称賛するもの同士として、お互い釈迦の一弟子としてここに巡り合わせたのです。そして『江口』のように主客が逆転して采女が僧に静かに説教しているように思います。私(采女)とあなた(僧)は、これまでの人生の業を持って仏を讃える因縁でここに集まったのです。「貴方は僧としての仕事を(私以外にも)よくしなさいませ」と、いわゆる上から目線で諭しているとも読めるように感じます。そして、清らかになった池の底に帰って行きます。
 このように『采女』では自殺した心の救いを表そうとした。これが世阿弥の思想ではないかと、私は想像してしまいます。
 『采女』は御先代、当代の万三郎先生は頻繁に上演されていました。そして「因縁なるものを」の“因縁”をメラシ(半音下げ)して、意味ありげに暗く謡われています。それがこのような思考のきっかけです。今回『采女』は三度目です。そのうち『美奈保之伝』では二回目になります。前回は、救いようのない暗い『采女』にどこか違和感がありつつ勤めましたが、もしかしたら前述の采女の心の変化を世阿弥は表そうとしたかもしれない、今回は「心の水の底が清く澄んでいる」視点を持って舞台に臨みたいと思います。
                        (2026年2月25日)
                               

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