加藤眞悟

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羽衣の隠された暗号

【『羽衣』の隠された暗号】

観世流の小書「和合之舞」では、天人の冠には鳳凰を戴きます。一方ワキの漁師の名前は「白龍」です。この鳳凰と龍の二つの象徴が重なり合うとき、『羽衣』は単なる天女話を超え、国と国との和解を暗示した物語として読むことができます。
 『羽衣』の詞章にある「家の宝」から「国の宝」への転換は、一介の漁師には出来ないことです。通常固有名詞は実在する人物を多くを占めますが、白龍は実在しません。ファンタジー能と読むことができます。『羽衣』の冒頭、三保の松原にはたくさんの人がいるのに、衣に気がつくのは白龍だけです。見えないものを見る力のある人として設定されています。
 白川静先生は『字通』で、「白は髑髏(しゃれこうべ・ドクロ)なり」と意味し、甲骨文において「白は人頭骨形であり「人死して白骨し、その頭骨を白と呼ぶ」とおっしゃっいます。
 頭は首長を暗示します。故に白龍は「かつての龍族の部族長」意味します。
 対する天人は通常は月の天人なので月の立物を載せますが、「和合之舞」のときは鳳凰の立物を載せます。
 故に鳳凰族と龍族の争いと和解の物語としても読むことができるようになります。この演出を考えだしたいにしえの能楽師に敬意を抱きます。

【龍と鳳凰 〜トーテムから国家の象徴へ〜】
 古代中国の龍と鳳凰は、トーテムから国家の象徴へと変わっていきました。トーテムとは、部族の守り神のことです。動物や自然の姿をした神様で、部族の人々はそれを大切にし、祭りのときには面や飾りを頭につけて踊り、神様と一つになりました。
 龍は黄河のほとりで生まれました。蛇のような体に四つの足、角が生え、雨を降らせ、豊かな実りをもたらす神様です。新石器時代の陶器に、蛇と猪と鹿が合わさったような姿が見つかります。部族の人々は、龍を水の守り神として大切にしました。祭りのとき、龍の面や飾りを頭につけて踊り、雨を祈りました。夏の時代には、玉に彫られ、王様の墓に納められました。龍は力と権威のしるしです。
 鳳凰は長江のあたりで生まれました。鶴や孔雀を思わせる美しい鳥で、長い尾と冠のような羽を持ちます。太陽の光を浴び、再生の炎をまといます。同じ頃の陶器や玉に、優雅な鳥の姿が描かれます。部族の人々は、鳳凰を太陽と幸せの守り神として愛しました。女性の首長がいる社会で、特に大切にされたようです。祭りのとき、鳳凰の羽飾りを頭につけて舞い、豊作や平和を祈りました。
 殷の時代、龍は王様の祭りに現れます。甲骨に「夔」という一足の龍が書かれ、王が水を操る姿を表します。鳳凰はまだ目立ちませんが、鳥の形は幸せを祈る飾りです。
 周の時代になると、『詩経』に龍と鳳凰が登場します。龍は天子の血統、鳳凰は聖王の治世に現れる瑞鳥です。「鳳凰が鳴けば、国は平和」と歌われます。龍は男の力、鳳凰は女の優しさ。初めて二つが対になって、国の調和を願います。
 戦国の時代、楚の国では龍の袍を貴族が着ます。鳳凰は鏡に描かれ、女性の宝物です。秦の始皇帝は「私は龍の化身」と宣言し、統一の正統性を示します。鳳凰はまだ控えめです。
 漢の時代に、龍と鳳凰は国家の公式な象徴になります。皇帝は龍、皇后は鳳凰。漢の高祖は「龍の子」と言い、武帝の時代には鳳凰が現れたと記録されます。鏡や壁画に、龍と鳳凰が一緒に描かれ、「龍鳳呈祥」——国が栄える幸せな願いです。龍は陽、鳳凰は陰。二つが揃えば、天地が調和します。
 龍と鳳凰は、部族の守り神から始まり、王様のしるしとなり、国家の象徴になりました。黄河の水と長江の火が交わり平和を祈る心の象徴でもあります。

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