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忘れられない人々 vol4
忘れられない人々 vol4
ヒーローの覚悟
タローさんはいつも自転車を押して買い物に行っていました。
もともとは自転車に乗って買い物に行っていましたが、緑内障が進んで乗れなくなり、息も上がるようになって、最後は杖代わりに自転車を押していたのでした。
長年煙草を吸っていたこともあり、呼吸器の病気がありました。
重度の発作が出るようになり、入退院の繰り返し。お医者さんからも命の危険があることを知らされていました。
タローさんは一人暮らし。家族とも別れ、親戚とも折り合いが悪く、いざというときに駆けつけてくれる人も、身を寄せるところもありません。
なにより、タローさん自身が自由を好みました。当然お医者さんのいうことも聞いてくれません。
困った私の口から出たのは「タローさん、覚悟はありますか?」
と、今考えても辛らつな一言。
日頃から口数少ないタローさんが、なんにも言わずにギョッとした顔で私を見つめ返したときのことは今でもスローモーションのように蘇ります。
それでも覚悟を決めた、タローさんは、その後私の提案をすべて受け入れてくれました。
タローさんと一緒にケアマネジャーの私も覚悟を決めたのでした。
1か月もたたず、タローさんはあっけなくこの世を去りました。
ヘルパーさんや訪問看護師さんの腕まくりがあり、ちゃーんと在宅のお医者さんに苦しむことなく看取られて、静かに。
実は、タローさんが亡くなった夜中、近所の方、同級生、小さい家にはあふれるほどの人が押し寄せました。
私たちの見えるところ、見えないところで、自転車を押さなくなったタローさんを気にかけていた地域の腕まくりがあったのです。
そうです、タローさんは一人暮らしでも決して孤独な人ではなく、地域のヒーローだったのです。
『覚悟ができた人の心は静かなんだなあと教えてくれた人でした』
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