私のジャーナリングノートが、たまにデスノートになりかける理由

デスノート💀(笑)

私のジャーナリングノートは、
ネガティブな感情もどんどん書き出せるようにしています。

むしろ、
最初のページはそこから始まります。

イライラする。
不安。
怖い。
悲しい。
悔しい。
腹が立つ。
見返してやりたい。

そんなことを書いてもOKです。

だから私のノートは、
たまにデスノートになりかけます(笑)。

でも、それでいいと思っています。
なぜなら、
私は長い間、
感情に蓋をすることで生きてきたからです。


私たちはよく
「ポジティブになろう」
と言われます。

でも実際には、
ネガティブな感情を無理やり消そうとしても、
なかなか消えません。
消えませんし消してはいけない。
ネガティブ思考や感情は、危機を回避する脳の防衛本能です。
人間が安全に生き残り、成長していくためには不可欠な要素です。
リスク管理や課題解決を進めていくためには重要な「強み」なのです。

怒りも。
不安も。
悲しみも。
悔しさも。
なかったことにはできない。

頭の中で見ないふりをしているだけで、
感情そのものは残っています。


脳科学の世界では、
怒りや不安などの強い感情には
扁桃体という脳の部位が関わっていると言われています。

不快な感情を抱えたまま、
ずっと頭の中だけで考え続けると、
脳は危険信号を出し続けます。

だからモヤモヤする。
だから眠れない。
だから同じことを何度も考えてしまう。


そこで役立つのが、
書くことです。

怒っている。
悲しい。
悔しい。
不安だ。
そうやって言葉にする。

すると脳は
「ああ、今私はそう感じているんだな」
と認識しやすくなります。

心理学では
感情に名前をつけることを
「ラベリング」と呼びます。

モヤモヤの正体が見えるだけでも、
人は少し落ち着くことができます。


だから私は、
ネガティブを書くことを禁止していません。
むしろ歓迎しています。

なぜなら、
感情を無視すると、
もっと大きな問題が起きるからです。


私は長い間、
人の期待に応えようとしてきました。

責任感が強い。
真面目。
頼まれると断れない。
そんなタイプです。

だから、
嫌だったことも、
悔しかったことも、
飲み込むことが多かった。


何を言っても否定される。
何を言っても聞いてもらえない。
何を言っても変わらない。

そんな経験が続くと、人は意見を言わなくなります。

でも実は、
意見することを諦めているんじゃない。
感情を諦めているんです。

本当は悔しい。
本当は悲しい。
本当は腹が立つ。
でも感じると苦しい。
だから感じないようにする。

そして気づくと、
「何がしたいのか分からない」
「何をやりたかったんだっけ」
という状態になってしまうことがあります。
怒りだけが消えるわけではありません。
悲しみだけが消えるわけでもありません。
感情全体のボリュームが小さくなっていくのです。



画像
感情に蓋をするとやりたいこともわからなくなる

ワクワクも消える。
やりたいことも分からなくなる。
夢も見えなくなる。


私は、
「やりたいことが分からない」
と言う人の中には、
実はこれが起きている人もいると思っています。

夢がないんじゃない。
能力がないんじゃない。
感情のセンサーが疲れているだけ。


だから私は、
目標を書く前に、
まず感情を書くことをおすすめしています。


怒りを書く。
悲しみを書く。
悔しさを書く。
嫉妬を書く。
見返してやりたいも書く。
そして
たまにデスノートになりかける。

でも書く。


そうやって書いていると、
少しずつ奥にある本音が見えてきます。

本当は認めてほしかった。
本当は寂しかった。
本当は怖かった。
本当は挑戦したかった。
本当はこう生きたかった。


ネガティブな感情は、
敵ではありません。
「気づいてほしい」
とサインを送っているだけなのかもしれません。


だから私は、
ポジティブになるためにジャーナリングをしているわけではありません。
感情を取り戻すために書いています。


怒りが戻る。
悲しみが戻る。
悔しさが戻る。
そして最後に、
ワクワクが戻る。
やりたいことが戻る。
夢が戻る。


私が3年近くジャーナリングを続けてきて一番変わったことは、
ポジティブになったことではありません。
落ち込まなくなったことでもありません。
戻ってこられるようになったことです。

荒ぶる日もある。
デスノートになりかける日もある。

それでもまた、
「今の私はこう思っているんだな」
とノートを開いて戻ってこられるようになりました。

今日も私はノートを開いて
たまにデスノートになりながら整えています。

やる気スイッチは待つものじゃない。起動するものだった。 一覧 座って迷走する私が、動いて整う理由