怒りんぼうな息子さん

忘れられない人々VOL

 

「怒りんぼうな息子さん」

 

Aさんはもともとの病気が悪化してしまい、合併症もでて、ベッド上での生活がほとんどでした。

血液の循環も悪く、指先が壊死してもげてしまうといった厳しい状況が続いていました。

 

奥さんとご長男の3人暮らしでしたが、主にはご長男Bさんが介護されていました。

 

今日の忘れられない人はご本人ではなく介護者Bさんです。

 

Bさんは急に怒り出し、怒り出すともう沸騰したかのようになかなか元に戻ってはくれません。

怒りの原因はその時々で違っておりどこで怒りをかってしまうかはわかりませんでした。

 

私が今でも覚えているのは玄関からお邪魔するときに「どうぞ」といわれる前に私が玄関を上がろうとした時でした。

その時期、私の感覚としてはご本人様とも長男様と双方共に信頼関係ができてきたと感じたときでした。

「こんにちはー」といってしばらく待ちましたが返事がありません。ご利用者の中には難聴で、大声で呼んでも聞こえないという方もおられるので、聞こえるところまで近づいて行かないと認識していただけないことはよくあります。

その時も、聞こえていないのかなと思いそろりそろりと「失礼しますよー」と言いながら玄関を今まさに上がろうとしたときに、

「親しき中にも礼儀あり!!あんたはよその家でも返事がないのに勝手に上がろうとするのか!!」と御立腹。

「お声はかけましたけど。」と言いたいのを呑み込んで、おっしゃる通りだったのでひたすらお詫びをしてなんとか面接をさせていただきました。

 

また、ある時は数か月前の書類が不備だと言って怒っておられます。

どうやって説明しても堂々巡り。

保険者にも入っていただき、実際には不備はなかったのですが、それで押し問答が数か月続きました。

 

関係者で相談をしました。Bさんのある意味理不尽とも思える怒りの原因と対処法について考えました、が結局答えは出ませんでした。

 

その後、いろんな事業所を利用されて、AさんはBさんに看取られ、無事に永眠されました。お父さんの介護に関しては本当に献身的でした。(前述の指がもげたときもBさんは少しも動じず介護を続けました。)

 

ご利用者やご家族からはねぎらっていただくことも感謝していただくことももちろんあります。でも、苦情や一件理不尽ともいえる要求も少なからずあります。

ほめていただければやりがいを感じますが苦情はやっぱりずしんと堪えます。

 

だがしかし、この苦情や要求の中に私たちが気づくべき要素、つまり宝物がたくさん詰まっているのです。

 

Bさんから一番学んだのは「自分の物差しだけで判断しない。世の中には全く違う物差しを持っている方がいる。」ということでした。

 

病気や障害ではくくれない、様々なパーソナリティを持った方がいらっしゃるということ。

私たちは全能ではないということ。

一件理不尽のように思える苦情は自身を振り返ることができる宝の山であること。

 

「親しき中にも礼儀あり」「世の中にはいろんな人がいる。」

 

Bさんを思い出すときには謙虚とセットです。

そのことによって白か黒かを決めたがる私の中でグレーゾーンが広がりました。

成長させていただいたとともにある意味で楽になりました。

 

ただ、残念なことに介護者の印象が強すぎると、ご本人の印象が薄くなってしまうという事実。

 

もっとAさんご自身の話、思いを聞きたかった・・・

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