欠けた茶碗でちょうどよい

欠けた茶碗でちょうどよい


こんな親にだけはなりたくないと思って、頑張って生きて、子育てして・・・

そして、気が付いたら自分にも似たようなあるいはまったく別の欠点があり愕然とする。


いい加減な人はそれでもあまり気にせず続きを生きる。

ところがまじめな人は自分の不完全さが許せないとなって悶々とする・・・

時々そんな場面に出会います。


『年を取るって悪くないなあ』と思う事の一つに

自分の親を許せるっていう境地にたどり着けるという事があります。


親の欠点をあげつらい、反面教師として生きてきて

自分も親になっては見たものの、え?っと思うほど不完全な自分がいます。

そうです、親も初めて親を生きるのです!!

子供から見るとあれほど絶対的だった親の存在がロールモデルとした親の存在が小さく見える。


そして

『茶碗はかけてるくらいでちょうどいい』という思いにたどり着く。

不完全な自分やそのルーツを受け入れる。

諦めではない、少しだけ視座が高くなるという事。


日本には『金継ぎ』という素晴らしい技術もあります。

傷を敢えて隠さない。

ムム、ムムム ・・・

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