伴走するだけ

伴走するだけ


今日は、とてもやさしかったAさんのお話です。


「岩永さん病院に行ってきたよ。」

弾んだ電話の声はAさんでした。


前日、日曜日の朝、介護タクシーのBさんから電話。

よっぽどのことがない限り日曜日の朝には電話はされない方なので、『何かあったな』と思いながら電話を受けました。

「Aさんから『明日は病院に行かないからキャンセルしたい。』と電話があったんです。キャンセルは大丈夫なんですが、受診しなくていいんでしょうか?」


とのこと。

ありがたい。


Aさんは統合失調症を長く患っていました。

私が出会ったときは60代に入ったばかりで相談支援専門員としての出会いでした。

65歳で介護保険に切り替えて、担当を変わりながらずっとご縁があった方です。

「電化製品(冷蔵庫やテレビ)から電波や指令が送られてくる。ずっと見張られている。」

経済的にもぎりぎりの状態で、苦しい状況はもう何十年も続いており生きていることに絶望することも何回もありました。


そんなAさんですが、とてもやさしくて、感謝を忘れず、どんなに状態が悪い時でも相手を気遣うことができる紳士です。いわゆる人格は保たれていました。


病院に行きたくない、その理由はなんでしょうか?

「『歩けなくなったから』とご本人は言っています。」とBさん。

確かにみるみる足腰も弱ってはいますが、それが原因なら手だてはたくさんあります。


改めてAさんに直接聞いてみました。

「もしかしたら、今日病院に行ったらもう入院と言われて、家に帰ってこれないと思いましたか?」

「そうね。入院かもしれないと思ったら行けなくなった」

「それでも行った方がいいと私は思いますが、Aさんは自分で決める方ですからしょうがないですね。

行けるときに行きましょうか。」

のやり取りだけして、「また行けるときにお願いします」とBさんへ伝えて終わりました。


そして、翌月曜日。

Bさんからは「ご本人から6時過ぎにやはり病院に行きたいと申し出があり行ってきました。」と電話。

その後、「病院に行ってきたよ」となんだか胸を張ったようなAさんの声がありました。

一晩の間に何があったのでしょうか・・・

「良かったです。流石です。」とお返事しました。


冬来たりなば春遠からじ

何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を下ろす


Aさんにとって生を全うすることは至難の業。

春がとても遠いように思えますが、下へ下へ根を下ろしていることは確かです。

いえいえ、『今日は病院に行けた』というような勇気の積み重ねが、Aさんにとっての春だったのかもしれません。あれは『春』の声でした。


介護タクシーのBさん、どんな専門職にも負けない判断力と思いの深さです。

脱帽。




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