私達について
【沖縄出身オーナー比嘉直人ものがたり】
1980.1.24 沖縄県の中城村出身
浦添工業高等学校卒業。
在学中はハンドボール部所属。
男三兄弟の1番下。
卒後直ぐにバイク事故で右脚を複雑骨折。切断の可能性がある中、奇跡的に繋がる。
その後複数回の手術で7センチ差のあった脚を何とか歩けるレベルに。
その後色んなバイトを転々とする。ピザのデリバリー、コールセンター、学童保育など。
23歳の頃、本土の大学を卒業し沖縄に帰ってきた同級生たちが、垢抜けていた事に衝撃を受ける。服装は、オシャレになり、話す内容も僕ら島に残った同級生が知らない情報も沢山知っていてビックリする。
県外に出るとこんなに変わるものなのかと、大好きな沖縄を離れ東京に行こうと決意する。
東京にでて、3つ程の掛け持ちでバイトをしているうちの1つがぱいかじ銀座店でした。
お店は毎日、忙しくてお客様で満席でした。
僕にとっては当時、家で食べるもの(家庭料理)であったゴーヤーチャンプルーや、ソーメンチャンプルーにお金を払って食べに来てくれるお客様がいる事に衝撃を受けました。
店に足繁く通ってくれるお客様との会話の中から、青い空、青い海、チャンプルー料理はじめ、沖縄料理、泡盛、歴史、文化、人など、、、僕の目の前にあった当たり前の物や、環境は当たり前ではなく、沢山の魅力に溢れた物であった事を学び直し、感じさせられる日々が続きました。
いつしか、沖縄への誇りも強くなり、沖縄を発信し、伝えることのできる沖縄料理屋を経営することは必然の目標となりました。
そしてアルバイト、社員、店長と経験させていただいた、ぱいかじ銀座店を2018年に譲渡させていただきオーナーとなりましたm(__)m
その後、月島のココワオキナワは2023年12月にオープン。
どの店舗も訪れたお客様に『ココワオキナワ‼️』と思っていただけるようスタッフ一同全力で沖縄しています🎵
これからも沖縄の歴史、文化、料理、泡盛、人、大切なものを◆チムグクル(肝心)を込めてお届けいたしますm(__)m
◆チムグクル(肝心)
心、精神、人の心に宿る深い思い、心からの思いやり
私たちは、チムグクルで世界中の人々を心から幸せにします。
1980.1.24 沖縄県の中城村出身
浦添工業高等学校卒業。
在学中はハンドボール部所属。
男三兄弟の1番下。
卒後直ぐにバイク事故で右脚を複雑骨折。切断の可能性がある中、奇跡的に繋がる。
その後複数回の手術で7センチ差のあった脚を何とか歩けるレベルに。
その後色んなバイトを転々とする。ピザのデリバリー、コールセンター、学童保育など。
23歳の頃、本土の大学を卒業し沖縄に帰ってきた同級生たちが、垢抜けていた事に衝撃を受ける。服装は、オシャレになり、話す内容も僕ら島に残った同級生が知らない情報も沢山知っていてビックリする。
県外に出るとこんなに変わるものなのかと、大好きな沖縄を離れ東京に行こうと決意する。
東京にでて、3つ程の掛け持ちでバイトをしているうちの1つがぱいかじ銀座店でした。
お店は毎日、忙しくてお客様で満席でした。
僕にとっては当時、家で食べるもの(家庭料理)であったゴーヤーチャンプルーや、ソーメンチャンプルーにお金を払って食べに来てくれるお客様がいる事に衝撃を受けました。
店に足繁く通ってくれるお客様との会話の中から、青い空、青い海、チャンプルー料理はじめ、沖縄料理、泡盛、歴史、文化、人など、、、僕の目の前にあった当たり前の物や、環境は当たり前ではなく、沢山の魅力に溢れた物であった事を学び直し、感じさせられる日々が続きました。
いつしか、沖縄への誇りも強くなり、沖縄を発信し、伝えることのできる沖縄料理屋を経営することは必然の目標となりました。
そしてアルバイト、社員、店長と経験させていただいた、ぱいかじ銀座店を2018年に譲渡させていただきオーナーとなりましたm(__)m
その後、月島のココワオキナワは2023年12月にオープン。
どの店舗も訪れたお客様に『ココワオキナワ‼️』と思っていただけるようスタッフ一同全力で沖縄しています🎵
これからも沖縄の歴史、文化、料理、泡盛、人、大切なものを◆チムグクル(肝心)を込めてお届けいたしますm(__)m
◆チムグクル(肝心)
心、精神、人の心に宿る深い思い、心からの思いやり
私たちは、チムグクルで世界中の人々を心から幸せにします。