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【KENJUKU/健塾 メルマガ】児童精神科医は子どもの味方か!?

旭川女子中学生いじめ凍死事件について、旭川市いじめ問題再調査委員会が設置され、再検証が進められています。

この事件の背景には、やはり精神医療の問題が絡んでいました。『児童精神科医は子どもの味方か』で取り上げられています。
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★第3章 作られたイメージと本当の姿 ◥ 結果が検証されない業界◣より抜粋↓↓↓

 早期に診断されることで周囲に理解をもたらせることができ、いじめを防げるという表現で発達障害の早期診断、早期治療を勧める専門家もいますが、現実はそう簡単にはいきません。

 有名な例を挙げましょう。旭川女子中学生いじめ凍死事件として知られる事件の被害者である少女は、小学校4年生の時に担任の先生から勧められて病院(小児科)に行き、自閉スペクトラム症と診断されました。薬も処方され、薬の影響で授業中もウトウトすることがあり、担任からクラスの皆の前で寝ていたことを咎められたこともあったようです。中学校1年生時、いじめられて川に飛び込んだ少女は警察に保護されました。パトカーで病院に連れて行かれ、その後精神科への入院が決まりました。『娘の遺体は凍っていた』(文春オンライン特集班 文芸春秋2021年出版)には、巻末に母親の手記が30ページに渡って掲載されていましたが、そこから少女のお見舞いに行ったときの状況を引用します。

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 私が病院に入れるようになったのは入院から2日目。廊下を通るだけなら部屋を見ていいと言われて、外側からマジックミラーになっている部屋を見たら、とてもショックな光景が広がっていました。
 窓はあるけど、六畳一間に壁のないトイレがあり、まるで独房のような部屋に爽彩は裸で座っていました。ベッドもなく床には毛布があるだけです。私は精神科がそんな風になってるのは知らず、「どうしてベッドもないんですか?どうしてパジャマも着ていないんですか?どうして下着をつけてないんですか?」と、病院の方に聞きました。すると「自殺するかもしれないから。医師の許可が出るまでできません」という答えが返ってきました。「爽彩はここから出してくれと言ってないんですか?」と聞くと、1日目と2日目の朝くらいまでは「出してー!」と泣いてドアを叩いていたそうです。私が訪れたときは泣き疲れ、諦めてしゃがみ込んでいた状態だったのです。
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 彼女を追い詰めた直接の原因は間違いなくいじめでしょう。もしも彼女と同じ立場に置かれたら、誰でも急性ストレス障害を起こしてパニックになってもおかしくないレベルです。しかし、彼女が絶望し、雪の中行方不明になったのはいじめだけが原因だったのでしょうか。学校でも病院でも尊厳を守られず、悲痛な訴えに大人たちが耳を傾けてくれないことに絶望を深めてしまったのではないでしょうか。壮絶ないじめから警察に保護され病院につながれた彼女は、まさか守ってくれると思った病院で、服も下着すらも着せてもらえず、泣いて訴えても聞き入れてもらえないという体験をするとは思わなかったでしょう。

 発達障害の早期診断や早期治療はいじめを防ぎ、精神科の専門病棟は生きづらさに苦しむ子の避難所や休息地になり、早期の精神科治療は自殺を防ぐというイメージはありますが、少なくとも彼女の場合、結果は全てその真逆でした。彼女は退院後も通院治療を続け、行方不明になった当時には抗精神病薬2種類が併用処方されていたことが報道されています。

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★第3章 作られたイメージと本当の姿 ◥ 周囲の非合理に逆らうことが発達障害とみなされる◣より抜粋↓↓↓

 旭川女子中学生いじめ凍死事件の被害少女の母親の手記から抜粋します。

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 爽彩が小学校4年生のとき、私たち親子にとって大きな出来事がありました。
 ある日、爽彩が学校から泣いて帰ってきたことがあって。担任の先生に理由を聞いたら、学芸会の演劇の総練習のときにみんながステージの裏で喋っていて、先生が注意しても静かにならないから、「もう劇には出しません。みんなで謝りに来なさい」と、怒ったそうです。そのときに、クラスのみんなは先生に謝りに行ったけど、爽彩は1人だけ謝りに行かなかったそうです。
 次の日、先生に「なんで謝りに来なかったのか?」と聞かれて、爽彩は「周りの子が喋っていたけど、自分は喋ってないから」と答えた。それでも先生は、爽彩が謝るべきだということを説いたそうですが、あの子は決して謝らなかったそうです。それで、爽彩はその日「先生に怒られた」と泣いて帰ってきた。先生からは「これだけ話して謝らないのはおかしい」と言われ、病院へ行くことを勧められました。
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 この母親の手記を読んで違和感を覚えたのは私だけでしょうか。少女は決して間違ったことをしていません。「おかしい」というのはあくまでも担任教師の主観です。私からすると、むしろおかしいのは担任教師です。喋っている児童を静かにさせることに失敗したのは担任です。喋っていない児童の立場からすると、喋る児童と担任の指導力不足のせいで劇の練習ができないという見方もできます。問われるのはむしろ担任の指導力不足です。

 少し想像すればそれがどれだけ理不尽な話かわかるはずです。もしも自分はちゃんと税金を払い続けているのに、税金を払わない人々のせいで税収が足りなくなり、道路の補修ができずに通行できないという事態に陥った時に、役所から住民全員が謝罪しないと道路を補修しないと言われたらあなたはどんな反応をするでしょうか。絶対に謝らないでしょう。納税の義務を果たした人に意味不明な謝罪をさせるのではなく、義務を果たしていない人と、徴収に失敗した方こそ謝罪しろと怒るのが普通でしょう。ただし、圧倒的な力関係の差があった場合、どれだけ理不尽であっても命令に従わざるを得なくなるということも同時に想像できるでしょうか。

 担任教師と小学生児童の力関係を考えると、たとえ自分が悪くなかったとしても謝罪してしまうのが「普通」であり、断固として謝罪を拒否する方が「おかしい」となってしまうでしょう。全体主義国家の支配者に一国民が逆らえないのと同じです。さて、本当におかしいのは誰でしょうか。

 学校や教員が理不尽なのは今に始まった話ではありません。むしろ、体罰も許されていた昔の方が学校や教員の力も強く、「謎ルール」と言うべき、理不尽で非論理的な校則や慣習も数多く存在していたでしょう。それに従わない児童生徒が「おかしい」とされたのは、今も昔も変わりません。

 ただし、昔と今では決定的な違いがあります。発達障害という概念があるかないかです。発達障害という新たな概念が、児童生徒を従わせるツールとして利用されるようになったのです。発達障害の濫用というべき状況ですが、厄介なのは「本人のため」という体を装うことができることです。

 表面的には子どもの問題行動にしか見えなくても、正常な反応ということも多々あります。濡れ衣やいじめ被害など、理不尽な状況に置かれた子どもが精神的不調を示すのは正常です。言わば「おかしい」側がまともな子を「おかしい」とみなすことで、自分たちの落ち度を隠蔽し、正当化できるようになったのです。

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