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ひふみデイリーニュース令和4年12月4日

日本公演新聞11月28日号の社説~
「人は人で磨かれる」の著者、筧一己さんのことが紹介されていた。
筧さんは公務員の両親のもとで育った。
父親といつもぶつかっていて確執がつづくなか二人の仲を取り持ってくれたのは母親。
中学では度々問題を起こし、高校の入学式では同じ中学から来た女の子が天然なのにパーマをかけていると厳しく叱責されているのを弁護~「田舎者は天然と言えば許されると思っている」という先生の言葉に激高。
卒業までに計6回の停学処分を受けて、卒業式にも出られなかった。
が、4月になって先生が小さな卒業式を開いてくれた。
そこに級友が数人駆けつけ「蛍の光」を歌ってくれた。
「お前の停学の理由は、いつも俺たちのためだった、お返しができるのはこれくらいだ」と友人たちが言った。
縁あって20歳の時に小さな不動産会社に就職~勉強して宅建の資格を取得を取ったが、客との土地取引が宅建法に触れていたことが判明。
社長は、有資格者の筧さんにすべての責任を押し付け、筧さんは20歳そこそこで7000万の借金を抱えてしまった。
訴えることも考えたが、問題が大きくなるくらいなら黙って背負ったほうが良い、両親にもこれ以上迷惑をかけたくないという思いもあった~
借金返済のために、まぐろ漁船に10か月2クール、陸に上がってからは、昼は佐川急便、夜はホストとして働き、28歳で借金完済。
2年後、人材派遣会社を立ち上げ、ホームレス支援など多くの事前活動に対して各種機関から表彰される。
ところが、悲劇は続く~コロナショックで、400人いた社員が派遣先から次々に切られる。
筧さんは、会社の業態を転換し、人々の喜ぶ事業を細々とやっていこうと考えた。
そんな折、労働基準監督署から社員が派遣先で有休を取っていなかったことを指摘され。
有休分の給与の支払いは、派遣先ではなく筧さんの会社に請求され、そのため今度は1億円を超える借金を抱えることになった。
その話を奥さんにすると、億を超える借金を背負った私は支える相手を間違えたみたい~筧さんは情けなさをぐっと堪えたが次の言葉で涙が流れた。
「こつこつ借金を返していって、10年後に近場の温泉にでも一緒に行けたらいいね。その時きっと、私は今まで支えてきて良かったなと思えるわ」
自分はここでたまらず、泣いてしまった。
筧さんはその後、確執のあった父親から全力の支援を受け、和解して父親を見送った。93歳になる母親は、今も暖かいみそ汁を作ってくれるという。

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