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作品を最後に完成させるのは、作者ではなく「みる人」
こんにちは
今、話題になっている
「ロン・ミュエク展」ってご存知ですか?
私はまだその展覧会には行けていないんだけど、
流れてくる情報を見ているだけで、
どんなものなのか行きたくなりました。
「ロン・ミュエク」さんは、
ものすごくリアルな人間の彫刻をつくるオ
ーストラリア出身の作家。
ただリアルなだけじゃなくて、
人間がものすごく巨大だったり、
逆に手のひらサイズに小さかったりする。
毛穴や髪の毛一本、皮膚のたるみまで
本物そっくりなのに、
スケールが狂っているから、
見た瞬間に脳がバグるような
不思議な感覚になる立体作品をつくる人。
今回の展示で話題なのが
部屋を埋め尽くすような、
大きな大きな頭蓋骨だらけの空間があったり、
暗い闇の中のドアに浮かぶ男の人の顔があったり……。
「え、これどうやってつくってるの!?」
ってワクワクしちゃう。
私がこの展覧会で
一番「面白い!」って確信しているのは、
そのリアルさそのものじゃなくて
作品からの見る側に問いかけられた感じ方
この展示、立体作品だから、
いろいろな角度から見ることができる
前から見た印象と、
後ろから回り込んで見たときの印象が、
全く違う作品がたくさんある。
私がいつも思っている、
「作品は、見る人がどう感じるかで初めて完成する」
っていうことの、最高の証明。
世間では、作家が「よし、できた!」と
道具を置いたときに
作品が完成すると思われがちだけど、
そうではないんです。
作品は、それを受け取る「見る人」の数だけ、
感じたものの数だけ存在する。
見る人がどんなふうにその作品と対峙し、
何を重ね合わせたか。
その瞬間、見る人と作品が
カチッとセットになって、
初めて作品は「仕上がる」
そう考えると、
アートの境界線なんて、
本当はどこにもないんだよね。
たとえば、
バンクシーみたいな「落書き」の価値。
「ただの落書き」と「何億円もするアート」の違いって、
一体なんだと思う?
それも結局、見る人がそこにどんな意味を見出し、
どう面白がったか、という感性の相互作用でしかない。
何百年も残る完璧な物作りも素晴らしいけれど、
未完成のまま残された荒々しい美しさに
心が震えることだってある。
丸窓から見た、お寺の枯山水のお庭だって
ただ「あ、お庭が見えているな」と
受け流すこともできる。
でも、そこに
「これは自然と、これをつくった人が織りなす
壮大なアート作品だ」と感じるセンサーがあれば、
その瞬間にあなただけの特別な作品になる。
道端を歩いていてみつけた足元の岩の割れ目も
「あ、この割れ目のライン、
なんだかすごく面白いな」と立ち止まる。
それだって、
立派なアート鑑賞なんだ。
誰かに「これはアートですよ」と
お膳立てされなくても、
私たちは自分自身の感性で、
日常の中からいくらでもアートを「発見」できる。
自分の感性で世界を面白がれる人が増えたら、
毎日はもっとずっと豊かになる
私が、つくった
『感じる力を取り戻す20の問い』
これは、ただのクイズやお勉強じゃない。
心が「なんか…」って動く、の小さなセンサーを
もう一度ピカピカに磨き上げるための、
私からの仕掛けです。
この問いを入り口にして、
この世界をカラフルに彩るアートを楽しもうよ~
あなたは最近
どんな「あなただけの作品」を
街の中で発見した?