琉球藍染め ai no iro festibaru

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誰も、こんな世界を望んではいない。

昨日は、胸が痛くなる場面があった。

娘とスーパーへ買い物に
行ったときのこと。

レジで会計をしていると、
一人の女の子が早足で
店内に入ってきた。

何となく、その様子が気になった。

2〜3分後、
その子は店の出口へ向かって
歩いてきた。

右手には駄菓子を一つ、
握りしめている。
それをポケットに入れようとしていた。

おそらく、会計はしていない。

万引きだ。

私はまだ会計の途中で、
目の前には店員さんがいた。

今なら、伝えれば間に合う。
けれど、言えなかった。

その子は、娘と同じくらいの
年齢に見えた。

怒りよりも、
先に込み上げたのは悲しさだった。

あの手つき、
あの迷いのなさ。

きっと、初めてではない。

何より――

あの年齢で、
あの行動を
“せざるを得ない”
状況にいるのだとしたら。

親に「これ買って」と
素直に言えないのだとしたら。

そう思った瞬間、
胸が苦しくなった。

会計を終えて外に出ると、
その子は店の前に座り込み、
盗んだ駄菓子を食べていた。

帰りの車の中で、私は娘に言った。

「パパさ、さっき悲しくなる
場面を見てしまった。」

事情を話すと、娘はすぐに言った。
「それ万引きじゃん!
店員さんに言ったの?」

「いや……言えなかった。
つむと同じくらいの子でさ。」

「言わないと!」

まっすぐな返事だった。

「そうなんだけど、
なんか悲しくなってね……」

すると娘は、
少し気を遣ったのか、
笑いながら言った。

「“万引き家族”が
引っ越してきたんじゃん?」

最近知った映画のタイトルを出して、
冗談めかしてくれた。

少し、空気が和らいだ。

そして、私は聞いた。

「つむなら、同じ場面に
出くわしたらどうする?」

「すぐ店員さんに言うよ!」

「仲のいい子がやってても?」

「それでも言う。
裏切り者って言われても、
やったのが悪いんじゃん!って言うよ。
まぁ、つむちゃんが友達になる子に
そんな子いないけどね。」

即答だった。

我が子ながら、
私よりよっぽど大人だと思った。

何があの子にとっての正解だったのか。
止めることか。
見て見ぬふりをしないことか。
それとも、
何も言わないことだったのか。

あの一瞬、
私は答えを出せなかった。

胸の奥で何かがせめぎ合い、
結局、動けなかった。

そして――
教育を生業にしてきた自分が、
あの場で何もできなかった。
その事実が、
あとから胸に残った。

あのとき言えなかったのは、
優しさだったのか、弱さだったのか。
正解は分からない。

でも、ひとつだけ確かなことがある。

私は娘を育てているつもりで、
ときどき、
娘に正されている。

あの子も、
誰かに守られていてほしい。
誰も、こんな世界を
望んではいないのだから。

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