2026.06.15
ユダヤ人の経営論③|500円のコーヒーの価値
「お金持ちは何を見て意思決定しているのか」
「たった500円。」
今日は、前回と前々回に引き続き
Mさんから聞いた「500円のコーヒー」の話。
(前回までのブログ)
ユダヤ人の経営論①「頑張るんじゃない、経営しろ」
Mさんが若い頃。
お金持ちのYさんに500円のコーヒーをご馳走になりながら、楽しく仕事の話をしていたときのこと。
お金持ちのYさんが、突然こう言った。
「この意味、わかる?」
「え?」
と戸惑うMさん。
するとYさんは続けた。
「この意味がわかる人がお金持ちになるんだよ。」
「今、僕は君に500円のコーヒーを奢った。」
「つまり君は、何も働かず、何も売らずに500円を得たってことだよね。」
「じゃあ、今の銀行金利で、何もしなくても500円を得ようと思ったら、いくら預金が必要だと思う?」
例えば、年に500円の利息を得るには約40万円。
毎月500円、つまり年間6,000円を利息だけで得ようと思ったら、約400万円〜500万円の預金が必要になる。
そしてYさんは言った。
「ということは、僕は君と話すこの時間に、それくらいの価値を感じているってことなんだよ。」
でも、多くの人はここで、
「ラッキー。500円浮いた。」
で終わる。
500円のコーヒーを、500円のコーヒーとしてしか受け取らない。
けれど、この話の本質はたぶんそこじゃない。
同じ出来事なのに、見えている世界はまるで違う。
500円を見るのか。
その向こう側にある400万円の価値を見るのか。
目の前の損得を見るのか。
その裏側にある”本当の価値”を見るのか。
その小さな見え方の違いが、
人との付き合い方を変え、
お金の使い方を変え、
選ぶ環境を変え、
やがて人生そのものを変えていく。
目の前の500円を追うのか、その先の価値を見るのか
目の前の500円しか見えない人は、一生500円を追いかける。
でも、その500円の向こう側にある400万円の価値に気づける人は、400万円の世界で意思決定をするようになる。
人生って、持っているお金の差よりも、
「何に価値を見出すか」の差のほうが大きい
だから私は、「いくらだったか」よりも、「そこにどんな価値があったのか」を考えられる人でいたい。
500円のコーヒーから、400万円の価値を見つけられる人でありたい。