【書のことば】[奥行]書にひそむ奥行き──濃淡と重なりの立体感

先日、絵画展に足を運びました。

風景画を眺めていると、遠くの山の霞みや光の差し込み方に奥行きを感じて、思わずその世界に引き込まれました。

「書の中にも、同じような奥行きがある」

今回は[奥行き]というキーワードから、書の言葉についていくつかお話ししていきたいと思います。


書は、ただ文字を記すためのものではありません。
筆を運ぶたびに、そこに現れる線には、力の入り具合や速度、そして心の流れまでもが宿ります。
その中で特に注目したいのが、「濃淡」と「重なり」
これらは、書の世界に奥行きと立体感をもたらす大切な要素です。


書を見つめると、同じ黒の中にも深い層があることに気づきます。
濃く強く引かれた線は、見る人の目を引きつけ、まるで前に迫ってくるような力を持ちます。
一方で、淡くにじんだ線は、柔らかく、遠くに溶けていくような印象を与えます。
この「濃」と「淡」の対比が、書の中に空間の広がりを生み出しているのです。


たとえば、一つの文字の中でも、筆を入れる瞬間と抜く瞬間では墨の量が異なります
その変化が、まるで光の陰影のように線を生き生きと見せてくれます。
筆の速度が速ければ線は細く、筆圧を強めれば太く濃くなる。
そのわずかな力加減の違いが、作品全体の印象を大きく左右します。


そしてもう一つ、見逃せないのが「重なり」の美。
筆を重ねて書くと、墨が紙に幾重にも染み込み、微かな厚みと艶が生まれます。
光の角度によってわずかに輝くその層は、まるで絵画の絵具のように質感を感じさせます。
この“墨の層”は、単なる線ではなく、時間の堆積でもあります。
筆を動かすその瞬間瞬間に、書き手の呼吸、心の揺らぎ、そして集中の軌跡が刻まれていくのです。


書は、一筆一筆が小さな彫刻のようなもの。
紙という平面の中に、筆の動きと墨の濃淡が織りなす立体構造をつくり出しています。
それは、まるで風景画の中で遠くの山々が霞み、手前の木々が鮮明に浮かび上がるような感覚。
濃淡のバランスを意識することで、書の世界にも空間的な奥行きが生まれ、
静止した文字がまるで“呼吸している”ように感じられるのです。


そして、重なり合った墨の部分には、
「書き手の時間」が積み重ねられています。
筆を置き、次に筆を重ねる。そのわずかな間にも、心の移ろいがある。
それがそのまま紙に残るというのは、書の魅力であり、他の芸術にはない瞬間の記録でもあります。


書は、光と影のように、濃と淡で立体を描き出す
そして、筆の重なりによって時間を刻む
その一枚の中に、目に見える形だけでなく、
“見えない奥行き”──心の深さまでも表現できるのが、書の真髄なのだと思います。


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