
【book snack bar灯台】著者
加藤 亮介 / 合同会社LITRA 代表社員、株式会社fluc 代表取締役
Ryosuke Kato

この度はメールマガジン【book snack bar灯台】の配信スタンドにお越し頂きまして、誠にありがとうございます。
著者の加藤亮介です。
子どもの頃、カラオケに行っても全く歌わなかったわたし。
中学校の修学旅行で舞台に立たせられても、ほとんど声が出ませんでした。
高校の定期テスト明けに、クラスの女の子たちと一緒にカラオケに行っても、歌わずにタンバリンを叩くのが役回り。
そんなやつが、大学生になってお酒を覚えると、マイクを話さなくなりました。就職した会社では、「歌って踊れるエンジニア」になれと先輩から教えられ、演歌からラップまでレパートリーを広げたものでした。韓国に駐在していた時は、ちょうどK-POPが日本でも流行り始めた頃。取引先との宴席でガールズユニットの曲を、振り付け付きで歌い踊っておりました。
そんなサラリーマン時代に見つけたのが、横浜の赤ちょうちん街「野毛」のさらに奥地にあるThe 場末「都橋商店街」のスナックでした。以来、先輩後輩、上司顧客、友達家族を引き連れ、何度も通いました。
生まれ故郷の北海道に戻った後も、東京に出張する際には、今もそのスナックに通っています。
メールマガジン【book snack bar灯台】は、そんなサラリーマン時代の聖地を舞台に、セブンスターを愛煙するママと常連さんたちが、本を肴に語り合う物語です。
広大なインターネットの世界の場末に、ひっそりと灯る「スナック灯台」の明かりをお楽しみください。
著者の加藤亮介です。
子どもの頃、カラオケに行っても全く歌わなかったわたし。
中学校の修学旅行で舞台に立たせられても、ほとんど声が出ませんでした。
高校の定期テスト明けに、クラスの女の子たちと一緒にカラオケに行っても、歌わずにタンバリンを叩くのが役回り。
そんなやつが、大学生になってお酒を覚えると、マイクを話さなくなりました。就職した会社では、「歌って踊れるエンジニア」になれと先輩から教えられ、演歌からラップまでレパートリーを広げたものでした。韓国に駐在していた時は、ちょうどK-POPが日本でも流行り始めた頃。取引先との宴席でガールズユニットの曲を、振り付け付きで歌い踊っておりました。
そんなサラリーマン時代に見つけたのが、横浜の赤ちょうちん街「野毛」のさらに奥地にあるThe 場末「都橋商店街」のスナックでした。以来、先輩後輩、上司顧客、友達家族を引き連れ、何度も通いました。
生まれ故郷の北海道に戻った後も、東京に出張する際には、今もそのスナックに通っています。
メールマガジン【book snack bar灯台】は、そんなサラリーマン時代の聖地を舞台に、セブンスターを愛煙するママと常連さんたちが、本を肴に語り合う物語です。
広大なインターネットの世界の場末に、ひっそりと灯る「スナック灯台」の明かりをお楽しみください。
Biography
著 者 略 歴
1982年 北海道白老町出身。
2001年 北海道立室蘭栄高等学校卒業。
2002年 東北大学工学部に入学。
地元北海道を自転車で旅行する人たちにあこがれ、サイクリング部に所属し、日本各地を自転車で旅行。
大学では金属工学を学び、熱力学の奥深さに惹かれる。
2008年 東北大学大学院を修了後、「世界を舞台にエネルギーの仕事をしたい」という夢を抱き、プラントエンジニアリング大手の千代田化工建設(株)に入社。
中東カタールのLNGプラント建設プロジェクトを皮切りに、材料エンジニアとして、海外プラント建設プロジェクトに従事。
2016年 社内ITシステム開発チームリーダーとして、業務システムの開発に従事。
アイデアを形にしていく仕事の面白さを知る。
2019年 地元北海道へのUターンを念頭に、居住地の制限のない経営コンサルティング会社に転職。
わずか半年でメンタルを病み、人生初の大きな挫折を経験する。
2020年 一年間の療養期間を経て、北海道ニセコ町に地域おこし協力隊として着任。
療養期間中のリハビリとして取り組んだ家庭菜園から、新規就農を目標に活動をする。
2022年 「ニセコ山麓農園 野良介」の屋号で、無農薬無化学肥料での野菜作りに取り組む。
販売に苦心しているときに、おすそわけマーケットプレイス「ツクツク!!!」を知り、EC事業に参入する。
2023年 EC代理店事業専業会社として、「合同会社LITRA」を設立。
2024年 教育事業会社「株式会社fluc」を設立。北海道ニセコ高等学校の非常勤講師として同校の起業家教育に関わる。
2001年 北海道立室蘭栄高等学校卒業。
2002年 東北大学工学部に入学。
地元北海道を自転車で旅行する人たちにあこがれ、サイクリング部に所属し、日本各地を自転車で旅行。
大学では金属工学を学び、熱力学の奥深さに惹かれる。
2008年 東北大学大学院を修了後、「世界を舞台にエネルギーの仕事をしたい」という夢を抱き、プラントエンジニアリング大手の千代田化工建設(株)に入社。
中東カタールのLNGプラント建設プロジェクトを皮切りに、材料エンジニアとして、海外プラント建設プロジェクトに従事。
2016年 社内ITシステム開発チームリーダーとして、業務システムの開発に従事。
アイデアを形にしていく仕事の面白さを知る。
2019年 地元北海道へのUターンを念頭に、居住地の制限のない経営コンサルティング会社に転職。
わずか半年でメンタルを病み、人生初の大きな挫折を経験する。
2020年 一年間の療養期間を経て、北海道ニセコ町に地域おこし協力隊として着任。
療養期間中のリハビリとして取り組んだ家庭菜園から、新規就農を目標に活動をする。
2022年 「ニセコ山麓農園 野良介」の屋号で、無農薬無化学肥料での野菜作りに取り組む。
販売に苦心しているときに、おすそわけマーケットプレイス「ツクツク!!!」を知り、EC事業に参入する。
2023年 EC代理店事業専業会社として、「合同会社LITRA」を設立。
2024年 教育事業会社「株式会社fluc」を設立。北海道ニセコ高等学校の非常勤講師として同校の起業家教育に関わる。