micolon『暮らしの中の小さな手しごと』

▼ 2005年3月の就役以降、多くのファンに親しまれた「小田急ロマンスカーVSE」が、2023年12月をもって引退、そして2025年末には一部車両の保存と解体が決定しました。まだまだ現役で活躍できるデザイン・仕様を有しているにも関わらず、在来線特急車両としては短命での引退劇となり、さよならイベントを含めて多くの人々から惜別の声が寄せられました。

▼ ​これまでにない斬新な特急車両の誕生には、デザイナーである建築家の岡部憲明氏、クライアントの小田急電鉄株式会社、そして車両 および 電機メーカーをはじめとする、多くの関係者の経験とノウハウ、弛まぬ努力が惜しみなく注ぎ込まれてきました。本ページでは、ロマンスカーVSEの功績を称えて、その誕生から引退までの輝かしい軌跡を辿っていきます。(取材協力:岡部憲明アーキテクチャーネットワーク​
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▼ ここに1冊の書籍があります。出版当時、既にVSEのデザインを担当されていた、建築家 岡部憲明氏のテレビ講座放映に伴う、「空間と時間の旅」を記した書籍になります。​​

▼ この書籍と実際の放映を通して、岡部氏のデザインに対する真摯な姿勢と考え方を知って以降、現在に至るまでファンになる機会を与えてくれた書籍です。

​▼ 「空間と時間の旅」をテーマにしたテレビ講座​は、岡部氏の建築家としての旅の足跡を、複数のカテゴリーに分けながら、毎週火曜日に分かりやすくレクチャーしていく内容でした。表層的に建築やデザインを語るのではなく、構築の意志と方法に重きを置きながら、一般の視聴者にも理解しやすい内容に構成されていました。

​▼ 2004年春時点で、VSEのイメージパースは数点しか公開されていない中、このテレビ講座では、岡部氏の解説に合わせて、エクステリアデザインをグラフィクス動画で紹介するシーンが放映されました。​
▼ 伝統あるロマンスカーのデザインに建築家が参画することに、当初は懐疑的な目で見つめていた筆者。その心配は、車両メーカーから回送される実車を目の当たりにして、すべて吹き飛ぶことになるのでした。

岡部  憲明|Noriaki Okabe​​​​
​岡部憲明アーキテクチャーネットワーク 代表、建築家、フランス政府公認建築家、芸術工学博士
▼ ​1947年、静岡県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。1973年、フランス政府給費研修生として渡仏。ポンピドゥーセンター および IRCAM 設計チーム(Piano&Rogers)を経て、レンゾ・ピアノとともに、パリやイタリアを拠点にプロジェクトに取り組む。1988年、関西国際空港旅客ターミナルビル設計競技に優勝し、プロジェクトリーダーとして設計・建設に従事。同作品にて日本建築学会作品賞を受賞。​1995年、東京に設計組織「岡部憲明アーキテクチャーネットワーク」を設立。

​▼ ロマンスカーVSEは、初の鉄道車両プロジェクトとなりました。デビュー以降、グッドデザイン賞(日本産業デザイン振興会)、ブルーリボン賞(鉄道友の会)、アジアデザイン大賞(香港デザインセンター)、iFデザイン賞(ドイツ・ハノーファー工業デザイン協会)​など、多くの賞を受賞しています。

​▼ ロマンスカーVSEの成功を皮切りに、岡部憲明アーキテクチャーネットワークは、2018年までの約15年間にわたり、多くの鉄道車両を世に生み出すことになりました。代表作であるロマンスカーラインナップでは、歴代の車両が培ってきた伝統・技術を大切に、端正なデザインで後世へ繋いでいく試みを感じ取れます。
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▼ 2004年11月、愛知県にある車両製造メーカーから第1編成が出場しました。注目の新形式、それもトップナンバー編成の出場ということで、メーカーがある愛知県豊川市まで、関東からはるばる遠征したファンも多くいたものです。
▼ プレス発表までは、その美しい容姿を公開しないことを前提に、新車輸送時は編成全体に防汚用のマスキングが施されていました。​​ホームから眺める範囲では、フルカウリングの真っ白な車体と、美しいシルエットしか把握することができず、「ヘッドライトはドコに付いているのか?」「ロゴはドコに付いているのか?」と、ベールに包まれた姿から様々な憶測が飛び交ったものでした。
▼ 車両メーカーを後にした第1編成は、豊川稲荷をかすめ、矢作川、浜名湖、大井川、富士川を渡り、富士山を臨みながら、裏箱根を越えて深夜の松田駅(神奈川県松田町)に到着します。 深夜にも関わらず、ここでも多くのファンの歓迎を受けることとなり、新型ロマンスカーに対する注目度の高さを窺い知ることができました。
▼ 岡部氏率いる建築家チームは、初の鉄道車両デザインを手がけるに当たり、建築とは異なる鉄道特有の厳しい制限の中で、内外装デザインや居住性を追究していきました。

​▼ 単に「車両デザインを担当する」のではなく、VSEに採用される複雑な走行機器から、乗務員や乗客が取り扱うサービス機器に至るまで、鉄道の技術をしっかりと理解した上で、車両のトータルデザインが進められた点が特筆されます。

▼ ​VSEのデザインを語る上で、個人的に欠かせないのが「美しい先頭形状」です。前提条件として、前頭部に旅客専用の展望席を設け、運転席は2階に上げるという仕様が定められていましたが、建築家チームは、そうした要求事項とデザインを両立させながら、美しい形態を追究していくことになりました。
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▼ ​車体断面が生み出す、ふっくらとしたボディラインが、前頭部に向けてサイクロイド曲線状に収束することで、柔らかな流線形が生み出されています。しかし、それだけでは単調な印象に陥ってしまうことから、光の反射を生み出す切り返しが、ボディの肩と裾、窓枠周りに、さり気なく造作されています。​

​▼ こうした建築家チームのさり気ない仕掛けは、筆者に「どの角度から撮影すると格好良く撮れるのだろう?」という嬉しい悩みを与えてくれました。それでは実際に、​光線の入射角や色温度の違いで、先頭形状がどのように見えるのか、縮小モデル(HOゲージ:1/80モデル)​で撮影した例をご覧ください。

​▼ この美しい先頭形状は、前述の切り返しだけではなく、フロントガラスやヘッドライトユニットの見事な収まりも貢献して成立しています。それもそのはず、芸術的なフォルムは、クレイモデルやモックアップを用いた十分な検討から生み出されており、その検討モデルは今でも、岡部憲明アーキテクチャーネットワークのエントランスに飾られています。
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▼ クライアントである小田急電鉄の特急車両は、編成最前部で180度のパノラマを楽しむことができる、展望席を有した仕様が伝統となっています。ロマンスカーVSEでは、美しい先頭形状に内包する形でその伝統が継承され、4列・計16席が展望席として区画されました。

​▼ 展望席で目を引く要素は、何と言っても前頭部の大型曲面ガラスでしょう。緩やかな円弧を描くボディラインに沿って、大型の1枚ガラスをはめ込むことにより、すっきりとした視界の確保に成功しています。これだけの曲率を有する大きなフロントガラスを、メーカーさんはどのように製作したのでしょうね。

​▼ 設計上ネックとなったのが、展望席の天井高さをどのように稼ぐのかという点でした。2階部には運転席、直下には台車が装着されるため、展望席に与えられた高さと容積は限られていました。同時に、乗務員が運転席へアプローチするための出入り口も考慮しなくてはならず、検討には相当な苦労を伴ったことが想像できます。
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▼ 苦難の末、完成したのがこちらのフォーメーションです。展望席の天井高さを確保するために、運転士はフォーミュラカーのような姿勢で着座することになりました。加えて、直下の台車に装着される車輪も、直径を従来車両より約80mm縮小することで、天地方向の寸法を少しでも高く確保することに成功しています。​​

​▼ 展望席の天井は緩やかな円弧を描き、まるでフロントガラスへ吸い込まれるような意匠となっています。照明はライン状のLEDユニットとダウンライトのみで、空間に不要な凹凸を出すことなく、すっきりと前方の景色を楽しめるように配慮されています。

​▼ 展望席は編成の最前部に位置することから、曲線進入時に車輪から受けるショックで乗り心地を損なう恐れがありました。これに対して小田急電鉄の鉄道技術チームは、先頭台車にアクティブサスペンションを付加することで制振制御が行えるようにしています。
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▼ 鉄道車両に小住宅のような居心地の良い空間を。建築家チームのそんな想いが、車両限界を攻めたドーム型の天井を生み出しています。VSEはボギー車体ではなく、連接車体を採用しているため、1両当たりに与えられる床面積・容積は、どうしても従来車両より小さくなってしまいます。そんな特殊な条件下でも、天地方向の寸法を最大限に確保し、水平方向に伸びる窓も可能な限り長く確保する等、建築設計に共通するような工夫を取り入れることで、伸びやかな空間を実現させています。
▼ 座席も設計当初から並行して検討が進められました。クッションはできる限り薄く、脚台も浮かせて見せる等、空間を圧迫しないように、軽快なシルエットが追究されています。肘掛けのボタンを押すことで、リクライニング動作が行えますが、アンクルチルトリクライニングという、事務用チェアのリクライニング機構が取り入れられている点が特筆されます。モケット色については、昭和のロマンスカーラインナップで見られたカラーリングを模したのでしょうか。昭和生まれの筆者には、どこか懐かしく映ります。
▼ モノクラス編成でありながら、客室はカーペット敷きを基本としている点も嬉しい要素です。客室内の静粛性アップはもとより、歩行した際に靴底を伝う柔らかさも、上質な空間の演出にさり気なく貢献しています。日々のメンテナンスもきっと手間を要したことと思いますが、最後まで美しく保たれていた点に好感を持ちました。

​▼ 鉄道車両の荷棚というと、樹脂製のはめ込みタイプが多い中で、VSEではアルミ中空押出材を使用した意匠性の高いものが採用されています。木目とメタリックパーツが融合し、底板にはライン状のLEDユニット灯を2列配置することで躍動感が生まれています。

​▼ このLEDユニットも、デビュー当時は希少な製品だったようで、特に2800Kという色温度の低いタイプは、開発間もない製品を採用する形になりました。LEDは放熱対策を適切に行うことで、狭いスペースにも設置できることから、VSEでは荷棚の他、運転席や展望席、デッキ等にも採用されています。
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▼ 建築家チームは従来の編成構成見直しを提案し、11車体から10車体の連接構造に改めました。加えて、編成全体の美観を損ねる恐れのある、集電装置やアンテナ類の凹凸要素を、特定の号車(3・8号車)に集約しています。

​▼ このように、編成の基本仕様を丁寧に策定していくことで、遠景から編成全体を眺めた際の「シンメトリックで美しいまとまり」を実現しています。

​▼ 一方で、この3・8号車には艤装関係だけではなく、カフェカウンターやお手洗いなどのサービス設備も集中しています。この号車を眺めていると、走行に必要な機器とサービス設備のせめぎ合いを感じ取ることができます。

​▼ このように、外観では「ひとつの流れるオブジェとしての表現」、内観では「リビングで寛ぐような居住性の追究」​​が行われ、トータルデザインの手法が丁寧に積み上げられていきました。
▼ 2010年秋から順次、愛知県豊川市にある生まれ故郷の車両メーカーへ、VSEが里帰りする光景が展開しました。列車の安全運行に欠かせない保安装置を新型へ更新するに当たり、車両メーカーへ入場する必要が生じたために展開した光景でした。

​▼ 小田急線から車両メーカーまでは、JR東海区間の線路(御殿場線~東海道線~飯田線)を介して回送する必要があるため、VSE単独での自力回送はできません。従って、JR東海区間を走行可能な機関車が先頭に立って、VSEをエスコートしていく回送スタイルが展開しました。

​▼ 小田急線からの発送作業は、深夜にひっそりと行われました。車庫がある海老名駅から、JR線への連絡線を有する新松田駅までは、通常ペアを組むことがない通勤電車に牽引され、低速で慎重に回送されていきました。第1編成の回送時には、赤色の通勤電車が牽引を担当して話題を呼びました。
▼ 2021年12月17日、小田急電鉄公式ホームページにて、VSEの定期運行が2022年3月11日をもって終了することが発表されました。営業運転就役から約17年、在来線特急車両としてはあまりに早すぎる引退劇に、今後の動向も含めて多くの注目が集まることになりました。

​▼ 筆者自身、「小田急線各駅へのホームドア整備に伴い、VSEが引退するのでは?」という根拠のない噂を耳にすることがありました。しかし実際には、特殊な車両部品の安定的な調達ができず、車両品質を維持できないことや、車体に採用されているダブルスキン鋼体の修繕に高度な技術を要することなどが、引退への引き金になったとされています。

​▼ デザイナーの岡部氏は、VSEのデビュー後に「奇抜なデザインは長持ちしない、親しみを感じられる、長持ちするデザインを追究した」​​と語っています。その言葉通り、流行に左右されることなく、多くの人々の記憶に刻まれる鉄道車両として有終の美を飾りました。
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▼ 定期運行終了後は、保有する2編成の検査期限を最終ラインとして、臨時ダイヤによるイベント運行を行いました。このイベント運行は、小田急電鉄の粋な計らいにより繰り返し行われ、特に東京都内の複々線区間で展開した並走シーンは、定期運行ではまず叶わない貴重な光景として語り継がれています。

​▼ その後、第2編成が2023年9月24日に、後を追うように第1編成も2023年12月10日に、それぞれイベント運行を終了しました。法律・省令で規定された検査期限を満了すると、基本的に営業線上を走行できなくなるため、両編成は所属基地にて静かに留置される日々を過ごすことになりました。

​▼ 2025年末、そんな2編成に衝撃的な転機が訪れました。第1編成については、新宿方先頭車を保存し、残りの9両を廃車・解体する運びに。第2編成については、動態保存を視野に残存することが決定したのです。第2編成の動態保存については、具体的内容が明らかになっておらず、今後の情報に期待が寄せられています。
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▼ 新宿方先頭車(50001号車)を残して、廃車・解体された第1編成。残存した1両は、歴代のロマンスカーが収蔵されている「ロマンスカーミュージアム(神奈川県海老名市)」への静態保存が約束されました。

​▼ 共に編成を組んでいた9両の仲間が、解体・搬出のステップに順次移行する中、50001号車は保存に向けた修繕が行われることになりました。車体の補修と再塗装、内装のリフレッシュを中心に行ったようで、作業の様子は小田急電鉄の公式SNSを通して随時発信されています。

​▼ 2026年2月28日未明、保存に向けた修繕を完了した50001号車が、相模大野から海老名まで回送されました。50001号車は動力装置を持たないため、通勤電車の推進運転でゆっくりと低速で回送されることになりました。海老名到着後はメディア公開が行われ、その後は保線基地に運び込まれています。
▼ 未明に回送された50001号車は、トレーラー荷台への積載作業に移行しました。海老名の留置線からロマンスカーミュージアムまでは、僅かな距離ながら公道を走行して陸送されます。保線基地の奥に留置されていた50001号車は、門型クレーンで持ち上げられた後、トレーラーの荷台に載せられていきました。

​▼ 2026年3月1日未明には、ロマンスカーミュージアム搬入口までの陸送が行われました。この移送シーンを捕えようと、終電後の海老名駅には多くのギャラリーが集まり、陸送の最終盤には、狭い門扉を巧みなドライバーテクニックで切り抜けるシーンが見られました。

​▼ 夜が明けると、ミュージアム内部への搬入作業が始まりました。トレーラーを搬入口近くに寄せた後、門型クレーンで車体を再度吊り上げて、搬入用のレールに載線していきます。50001号車の搬入が完了したのは夕方。2日間に渡る大輸送劇は、複数の工程を経て無事に完了しました。
▼ 何でもない日常の風景に、当たり前のように存在していた白いロマンスカー。10両編成の美しい流体が、風景を縁取りながら走行するその姿に惹かれ、筆者も熱心にVSEを撮影していた1人です。猛暑の中、雨の中、雪の中、強風の中、川の中、思い返せばどんなコンディションであっても、懲りずに撮影していたものです。

​▼ 時代とともに、撮影機材もフィルムカメラからデジタル一眼に変わり、撮影を通して多くのカメラマンと出会うこともできました。撮影に際しては、妻の理解があったことも感謝しないといけませんね。沢山の思い出とともに、あの日、あの時の美しい容姿を写真で振り返ってみましょう(※ タイトル画像はイメージです)。
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