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「 さまよう蟹 」。 西連寺です。

「あっつ~。」 この言葉が日に何度も口からこぼれ出てしまいます。
厳しい日々 暑中お見舞い申し上げます、どうかお身体大切になさって下さい。

 お寺の庫裏と本堂を繋ぐ渡り廊下に一匹の川蟹を見つけました。
体調4㎝ばかりの小さな蟹、川から坂道を100m以上山に向かって歩いてきたのでしょうが、アスファルトもコンクリートも越えてこの暑い中いったいどうしてこんなところに。 

 蟹といえば、よく浮かぶ言葉があります。

   『 蟹は甲羅に似せて穴を掘る 』

 確かに海の砂浜で見た沢山あいている蟹の(住み家)穴は、そこを出入りする蟹の甲羅がちょうどピッタリ入る大きさに掘られています。  住人の直径と家の直径が一緒なんですね。 自分の大きさ以上には穴を掘ることはしないんです。  『 蟹は甲羅に似せて穴を掘る 』

 どういう時に私、この言葉を思い浮かべるかというと腹の立った時。
いえ、大した事ではないんですよ。 悪口を言おうとして言われたわけでもなく悪気があって言われた事でもない事はよくよく分かっているのですが、分かっているのですがピクッときてしまった時。
   『 蟹は甲羅に似せて穴を掘る 』

 ひとにはまあ、こころの器というか何と言いましょうか。 わたしの思いと貴方の思いは同じはずはなく、違って当然なのですから仕方のない事、と。  いえ、決してあなたの器が小さくてわたしのこころが汲み取れ切れないなどと傲慢に思っているのではありませんよ、決して。 分かり合えずに互いに傷つける言葉を言い合ってしまっている事がありますよね、そりゃ。  甲羅が違うんですから。   って、ピクッとだけにして憤怒の炎まではいかせない。    ところが、それでもたまにそれ以上にパンチの効いた言葉を撃ち込まれ甲羅が砕けそうな時があります。  ありますよね。
  そんな時に、わたしには もひとつ自然と思い浮かべる言葉があります。

 『 人のこころを読もうとする時、ひとは隠しておきたい己のこころの底を さらけだす 』

私たちは生まれて今までの人生で≪自分が≫見た事・聞いた事・感じた事・考えた事以外では、ものを考えられません。見たことも聞いたこともない考えた事もないことを こころに思い浮かべなさいと言われても到底無理な話です。 
 そのわたしの中の材料だけで周りを推し量ろうとして例えば「あのひとはナゼあんな事をするのだろうか」と。  例えば「あの人はナゼひとに親切なんだろう。そうか、きっとひとに良い人と思われたいから親切にするんだ。」と名探偵の推理をした時には  【わたしは、ひとに良い人と思われなくては 親切にはしません】 という隠しておきたい恥ずかしい自分のこころの奥底をさらけ出している時なんです。  ・・怖いですねえ。

 世間話であ~だこ~だ言ってる時は、全て自分のこころの中の事を表に出している時なんですねえ。
「あ~に違いない、こ~に違いない」とひとの事を言っている様で実は自分のこころを発表しているだけで。
   ・・怖いですねえ。

 わたし自身がひとの姿や言葉に触れて「あのひとなぜあんな事を・・」と思い自慢げに推測している時。
  『人のこころを読もうとする時、ひとは隠しておきたい己のこころの底を さらけ出す。』
 と思い浮かべ、「あ~恥ずかしい事だ、恥ずかしい。」
   と気付く時も多々あります。
   


 という事で。
 さてさてそんな心無い世間話の中のネタにされて、思いがけずに悲しいほど傷つく言葉を投げかけられた時。
  大丈夫です、大した事ありません。 
 そのひとが自分の事を曝け出しておられるだけですから。

 少々横道にそれました、蟹・蟹。

私「おいおおい蟹。どうしたこんなところに、こんな暑い日に。
  からだ乾燥しきって死んでしまうぞ。川はずっとアッチ。 どう道に迷ったらこんなところに来るんだ。」

蟹「迷う?いえ、本堂はここですよねえ。
  住職が留守がちなお寺があると聞いたものですから。
  本堂がさびしいかと思いまして、チョッとお参りに。 失礼いたします。」

 ・・・迷っているのは蟹ではありませんでした。
       世間に引きずられている 私 でした。


 これからいよいよ厳しくなります。
睡眠・栄養にて抵抗力。どうかお身体おこころお大切になさって下さいませ。

         西連寺 栗山知浩   拝

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