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潜在意識に潜むモノ

 私がコーチングを学びはじめ、ブレーキとなっている思い込みやトラウマを回想していた頃のおはなし。
人には皆、潜在意識があなたを守ろうと思って作り出した、"潜在意識の中の5歳児"たちが、たくさん隠れています。
小学校の先生に怒られたこと…、親戚のおばちゃんに言われ続けた言葉…、お父さんに言い聞かせられた家訓…。

 これは私の幼少期のトラウマの話しです。
 小学校では色んな賞をもらって、壇上に上がることも平気だったのに、
中学生から、クラスの前に日直で立つだけで、顔が真っ赤になる赤面性になりました。

幼稚園生の時は、踊ったりひょうきんな顔をしたり、
道行く人に元気に挨拶をする物怖じしない子供だったのに、何がトラウマになったのかなと考える。

 小学1・2年生の時は、忘れ物やトラブルや悪いことをすると授業中いっぱい前に立たされて、
全クラスメイトが「許してあげます」と言うまで座ることも認められなかった。
男の子は教台に伏せて柔肌のお尻を定規で叩かれた。
 謝ることが学級裁判のルールだったから、家で母に怒られると、
「ごめんなさい許してください」と震えて泣きながらお願いするようになり、
母には、「何それ気持ち悪い」とさらに怒られた。

 小学3年生になると、消しゴムを床に落としただけでA4方眼用紙3枚分の反省文を提出しなければならず、
何も書くことが広がらないので、汗で手が滑ってとか、緊張して手がこわばってとか、色々と嘘方便を書き連ねた。

本当だ、小学校にはたくさんのトラウマがありました。ここだけの話。

 これもあってなのか、私は結構自己肯定感が低くて、
誉められても何言っちゃってんのなガンコちゃんだった時期が長くある。
自己分析も苦手で、就職活動は結局どこにも採用されなかった。

でも改めて振り返ってみて、高校生でひとつ、トラウマを払拭していた経験があることに思い当たった。

 引っ込み思案になっていた高校生の私は、ある日推薦で、文芸部の部長に抜擢された。
全国高校生俳句コンクールで、学生代表で話すことになった。
青森という、曇りだらけの、鬱病が多いといわれる片田舎から、
東京に新幹線で向かって、宿泊するだけでも大仕事。

これまたお堅そうな老齢の俳句会長が、お堅い挨拶を述べた後に、
し~んと静まり返った大きな東京の会場で、
赤面性で足が小鹿のようになる私が話をしなければならない。

 なぜか爆弾を落としてやろうと思い立った。
「私は俳句や詩を書くのが幼少期から好きで、将来は"しじん"になりたいと思っていました。
 ある日学校で、将来の夢を紙に書いて持ってくるように言われたんですね。
 なので小学生の私は"詩人"と書いた紙を持ってクラスで発表することになりました。
 私の順番がきて、はい、二木さん、と当てられたとき、私は"シニンになりたいです!"
 と言ってしまったんです。詩人を、シニンと読んだんです。」

 会場がどっと笑い、重苦しい沈黙の空気が一気に融けた。
赤面性がなおって、私は"隠れ出たがり"という新たな性質を手にいれた。

 無意識は大人になったらなおらないと言うけれど、荒療治してしまったかもしれない。
過去の私は、もしかして気付かずに荒療治ばかりしていたのかもしれないなと思う。

今の私は感謝もよくするし、世界で一番幸せだと自負している。
そしてなにより、無理なく無意識を癒やす方法を、私は知っている。

なぁんにも、無理をすることなんて無かったし、苦しむことも、努力することも、
いらないんだよって、昔の自分に言ってあげたい。

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