mail magazine backnumber
メールマガジン バックナンバー
【村山だより Vol.2】日本の真髄 刀を抜く一瞬に宿る精神――居合道発祥の地・村山市「居合神社」
みなさん、こんにちは。
村山市観光物産協会です。
いつも当協会のメルマガをお読みいただき、
ありがとうございます!
突然ですが、
「剣道」と「居合道(いあいどう)」の
違いをご存じでしょうか?
最初から剣を交えた状態で始まる剣道に対し、
居合道は「鞘(さや)に納まった状態から始まり、
演武を終えて再び鞘に納めるまで」の
すべての動作を一つの道とした武道です。
昨年の万博では、
ブルガリア共和国のナショナルデーにおいて
我が町・村山市の居合道演武が披露され、
その隙のない静寂と気迫に世界中から
大きな称賛が送られました。
今回は、そんな居合道の原点であり、
全国の居合道家にとっての聖地――
山形県村山市の林崎地区にひっそりと佇む
「居合神社(いあいじんじゃ)」をご紹介します。
◆ わずか12才で悟った
「一瞬の秘術」――
仇討ちから始まった聖地の歴史
居合神社の歴史は、
戦国時代に実在した稀代の武術家
・林崎甚助重信(はやしざき じんすけ しげのぶ)の
壮絶な生涯とともに始まりました。
父の仇討ちを誓った幼少期
天文11年(1542年)、村山市林崎に生まれた甚助。わずか6歳の頃、父親を殺害されるという
悲劇に見舞われます。
幼い甚助は父の仇を討つことを強く誓い、
地元の氏神(熊野明神)へ日参しながら
武術の修練に励みました。
神託による「居合」の開眼
12歳を迎えた天文22年(1553年)、
百日間の参籠(神社にこもって祈願すること)を
行っていた甚助の夢に神が現れ、
「抜刀の秘訣」を授けたとされています。
当時の剣術は
「あらかじめ刀を抜いた状態」が当たり前でした。
しかし甚助が編み出したのは、
「鞘から抜き放つ際の一瞬の動作で相手を制する」という、
まったく新しい技法(抜刀術・居合)だったのです。
この技で見事仇討ちを果たした甚助は、
後に「林崎明神」として祀られ、
現在の居合神社の起源となりました。
◆ 全国で唯一、居合の始祖を祀る
「武道家の聖地」
居合神社は、日本で唯一、
居合道の始祖を主祭神として祀る神社です。
御祭神: 林崎甚助重信公
相殿神: 熊野大神(甚助が祈願した元の氏神)
御利益: 武芸上達、心願成就、勝負運、開運長久
境内には、
全国の居合道連盟や門下生から奉納された
石碑や灯籠が並び、
独特の重厚な気が漂っています。
毎年5月初旬の例大祭や秋の奉納演武では、
全国から高段者が集結。
静まり返った境内に「シュッ」と刀が空を切る音だけが
響き渡る光景は、
息をのむほどの緊張感と洗練された美しさに満ちています。
また、寛政4年(1792年)に再建された本殿は
市の有形文化財に指定されており、
江戸時代中期の厳かな神社建築を今に伝えています。
◆ 世界へ届いた誇りと、
立ちふさがる「壁」
村山市は「居合道発祥の地」として、
この歴史と文化を世界へ向けて発信してきました。
2020年には国の「スポーツ文化ツーリズムアワード」で
武道ツーリズム賞を受賞。
海外からの体験客も急速に増えていました。
2024年に村山を訪れた
ブルガリア共和国中小企業庁のタコフ長官(当時)も、
居合道体験に深く感動された一人です。
その場で自ら模造刀を購入され、
翌年私どもがブルガリアの長官室を訪問した際には、
その刀が誇らしげに飾られていました。
しかし現在、大きな試練に直面しています。
昨年1月、
「不特定多数による真剣を用いた体験は
銃刀法違反に抵触する恐れがある」との指摘を受け、
居合道体験事業のストップを余儀なくされたのです。
安全面への配慮は絶対に不可欠です。
しかしその一方で、
何百年と受け継がれてきた日本の本物の精神文化を、
世界へじかに手渡す貴重な機会が失われてしまうのは、
果たして日本にとって望ましいことなのでしょうか――。
文化の「継承」と「保護」、
そして「発信」のあり方について、深く考えさせられます。
武道の歴史と静寂な祈りが息づく居合神社。
村山市にお越しの際は、
ぜひその凛とした空気を肌で感じてみてください。
さて、次回は雰囲気をガラリと変えて、
色とりどりの花が咲き誇る「東沢バラ公園のバラまつり」の
魅力をお届けします! どうぞお楽しみに!
今後とも、村山市観光物産協会をよろしくお願いいたします。
▼村山市観光物産協会の物販サイトはこちら
https://home.tsuku2.jp/?Ino=000010266600