mail magazine backnumber
メールマガジン バックナンバー
【村山だより Vol.1】100年の歴史に幕。駅前の聖地「早川食堂」が遺したもの
みなさん、こんにちは。
村山市観光物産協会です。
いつも当協会のメルマガをお読みいただき、
ありがとうございます!
さて、今回から新しい試みとして、
いつもの商品紹介とは一味違う
「月イチ連載コラム」をスタートすることになりました。
村山市のディープな魅力、豊かな自然、
そしてこの土地ではぐくまれてきた温かい
「歴史や物語」を、筆者のリアルな体験を交えてお届けしていきます。
記念すべき第1回は、
今年5月末、惜しまれつつもその長い歴史に幕を閉じた、
駅前の名店のお話です。
■ 羽州街道の面影を残す、大正生まれの木造3階建て
みなさんは、JR村山駅東口から歩いてすぐ(徒歩3〜4分)の
交差点に佇んでいた、圧倒的な存在感を放つ建物をご存じでしょうか。
その名は「早川食堂」。
駅前道路の拡張に伴い、
今年5月末をもって閉店となった、
地域の歴史を見守り続けてきた象徴的な老舗食堂です。
私が初めて暖簾をくぐった2016年、
店内に一歩足を踏み入れた瞬間に
「時間が止まったような静けさ」を
感じたのを今でも鮮明に覚えています。
この早川食堂を語る上で外せないのが、
歴史を刻んだその佇まいです。
- 大正7年(1918年)築の木造建築:
100年以上の歳月を耐え抜いてきた、
貴重な木造3階建て。
昔は2階、3階が宴会場になっており、
地域のにぎやかな集会を支える大広間として活躍していたそうです。
- 旧「羽州街道」の記憶:
お店が面している通りは、
かつて多くの大名が参勤交代で列をなした旧・羽州街道にあたります。
宿場町として栄えた「楯岡(たておか)」の歴史的景観を、
令和の時代にまで伝える唯一無二の遺産でした。
■ 「作り物ではない、リアルな昭和」が息づく聖地
扉を開けると、
そこにあったのはレトロ風にデザインされたお店ではなく、
「本物の昭和」でした。
- 厨房側の壁にドンと掲げられた、大きな木製のメニュー短冊
- 使い込まれたコンクリート打ちっぱなしの床
- 冬場、店中を優しく暖めていた床置きのストーブ
全国の旅人やノスタルジーを愛するファンからも、
「本物の昭和レトロに浸れる聖地」として隠れた人気を集めていた空間。
あの空間で過ごす時間は、何物にも代えがたい贅沢なひとときでした。
■ 毎日通っても飽きない味と、幻の銘酒「朝日鷹」
メニューは、蕎麦処・山形らしい麺類から、
どこか懐かしい洋食・丼物まで幅広く、
毎日通っても飽きないスタンダードな食堂スタイル。
なかでも、コクのある「カツカレー」、
雪国の体を芯から温めてくれるあっさりとした伝統的な「中華そば」、
昔ながらの「チキンライス」、
そして豚肉をすき焼き風に甘辛く仕上げた奥深い味わいの「肉丼」……。
どれも地元に根差した、ほっとする味わいばかりでした。
そして、お酒好きにとって外せなかったのが、
あの「十四代」で全国的に有名な高木酒造さんが地元向けに醸す
銘酒「朝日鷹(あさひたか)」が飲める店だったということ。
華やかな香りの「十四代」に対し、
「朝日鷹」は圧倒的な旨味の強さが特徴。
市内でもなかなかお目にかかれないこの地酒を、
昭和の空間で傾ける時間は格別でした。
■ おわりに:これもまた、歴史のひとコマ
100年を超える木造建築と、そこで提供される素朴で温かい料理の数々。
山形新幹線が停まる現代の村山駅前において、
地域の原風景をいまに繋ぎ止める大切な文化資産でしたが、
閉店に伴い、今後は建物自体も姿を消すことになります。
形あるものが失われていく寂しさは拭えませんが、
それもまた、村山市が次の一歩を踏み出す
「歴史のひとコマ」なのかもしれません。
私たちの心の中に、あの温かい風景と味は残り続けます。
早川食堂さん、長い間本当にお疲れ様でした。
◇現在の村山市は、人口約2万1千人と減少が進む一方で、
豊かな自然に育まれたサクランボやコメなどの農産物に恵まれ、
近年ではオリンピックの事前キャンプ地誘致や万博への参加など、
世界に向けた積極的な挑戦を続けています。
実は、世界20カ国以上の人々が村山市を訪れ、
シェアハウスに宿泊するといったグローバルな一面もある街なのです。
そんな「変化し続ける村山市の今と昔」を、これから毎月お届けしていきます。
次回(来月)は、居合道の元祖として知られる
「居合神社」についてお話しします。
どうぞお楽しみに!
今後とも、村山市観光物産協会をよろしくお願いいたします。
▼村山市観光物産協会の物販サイトはこちら
https://home.tsuku2.jp/?Ino=000010266600