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メールマガジン バックナンバー
ファミレスできのこスパを頼みました。
先日、ファミレスで人とお会いする予定がありました。
朝の仕事が長引き、基本私は朝食抜きにしているので、夕方5時まで何も食べてなかったので、食事も摂ることにしました。
ファミレスで食べることは少ないのですが、食べるとなると、メニューを見たらどれも美味しそうで目移りしてしまいます。
色々気になるものもありましたが、きのこと青紫蘇の醤油出汁パスタを頼みました。
家ではほとんどパスタは作らないので、外出すると、なんとなく選んでしまいますね。
しばらくして、ロボットが運んできました。
お店も空いているので、来るのも早い。
パスタを見て、私はガッカリしました。
上に乗ってる青紫蘇が、1日切って放置されているようなしなしな、カサカサで、色も変色していました。
んー、これはみんな何も言わずに食べるのか?
私は店員さんを呼ぶことにしました。
店員さんが来たので替えてくれるよう頼みました。
すいません、と言いながら新しいものと取り替えてくれました。
新しいのがあるんだ、と逆にびっくりするほどひどい青紫蘇だったんですが、これ、文句言われなければ消費してもらおうという感じでしょうか?
私はクレーマーではありませんが、こういうのも、出てきたんだからそれを食べたら?みたいな空気感って今の世の中あるように感じるんですね。
でもこれってとても危険だと思うのです。
例えば今回の場合、お店はお客さんに対して場所を提供するだけではなく、「お客様に満足してもらうために何ができるか」というのが土台にあると思うのです。
昔の日本はそういった「お客様のために」が意識ではなく、フツーにできてたと思うのです。
でも今はマニュアル通りにやれば良いということを徹底されたため、それ以外のことをしない、させない、考えないになってしまったのをすごく感じます。
マニュアル自体は悪いものではなくて、品質を一定にする、誰がやっても最低限のサービスを提供する、事故やミスを減らすという大切な役割があります。
でも、問題は「マニュアルを使う」と「マニュアルしか見ない」は全然違うこと。
例えば今回の紫蘇の話でも、マニュアル通りなら「注文を受ける→調理する→提供する」で終わりかもしれない。
でも本来は「この紫蘇、変色してるな。取り替えよう」と気づく人がいてほしい。
そこにはマニュアルよりも、観察力、想像力、相手の立場に立つ力が必要になる。
今は効率化や責任回避が重視されやすい社会だから、「考えて失敗するより、指示通りやる」を選ぶ人が増えやすいのも事実だと思います。
だから個性もなくなるし、考える機会そのものも減っているように思います。
あと、おかしいと思うことに声をあげること
そうは言っても私自身も言える立場でありませんが、政治にしろ何にしろ声を出さないと変わらないということは多々あります。
それが言えにくい世の中にすこーしづつ変わってきっているということ。
これから、AIや自動化が増えるほど、自分で考える力や、人への思いやりがある人の価値は高くなるでしょう。
良き日本人の心が忘れ去らないように願います。
渡邉裕佳子