かむ達の雫

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戸籍を取りに行きました

先祖供養を前からしたいと思っていたら、やっている人を知っているというお友達に出会いました。
そこで供養をお願いしました。
そのためには、まず戸籍を取ってこなくてはいけません。

役場に行ってきました。
私もどう取って良いのかわからないので、先祖供養のために全て必要だとお伝えしたのですが、
「いっぺんに出すと、私が大変なので全部はできません」
と言われました。

お仕事ではないのですか?
びっくりしてしまいました。

私の師匠は、私様にはならないようにと口すっぱくおっしゃっています。
最近は立場に関係なく、自分の都合を優先する場面に出会うことが増えた気がします。
自分もそうならないように気をつけようと思いました。

知り合いの役場では、一度の手続きで全部出してもらえたと言っていました。
人によってそういうことにはバラつきがあるのですね。
おかしいな。

ところで、皆さんはご存知ですか?
戸籍は150年という保存期限があります。
なので、古い文献や過去帳も、いつまでも残っているとは限りません。
お寺や地域の古老が知っている記憶も、時がたてば失われていきます。
家系図を作りたいと思う方は早いうちに作られるのが良いかと思います。

昔はご先祖は近くにいる存在でした。
縄文時代の集落を発掘すると、住居の周囲や集落の中心付近に墓地が見つかることが多いことがわかっています。
これは、現代の感覚だと「お墓は離れた場所に作るもの」と思いがちだけど、縄文人にとって亡くなった人は「いなくなった存在」ではなく、
共同体の一員であり続ける存在だったと考えられています。

これは、「祖先が村を見守る」「生者と死者は完全には分離されない」という感覚があったんだと思います。
死=終わりではなく、死=自然へ還る循環の一部という考え方ですね。

また興味深いのは、赤い顔料(ベンガラ)を遺体にかけて埋葬した例があること。
赤は血や生命を象徴すると考えられていて、死者の再生を願った、新しい世界への旅立ちを祈ったという説もあります。
だから縄文人にとって祖先は「怖い霊」ではなく、今も共に暮らし、見守ってくれる存在だったんだと思います。

その後も、昔は火事になると、仏壇、位牌、過去帳(先祖の記録帳)神棚のお札を真っ先に持ち出した、という話がよく伝わっています。
ご先祖そのものが宿る依り代(よりしろ)のような存在だった。
だから家が焼けても、「家は建て直せる。でもご先祖を失うわけにはいかない」という感覚があったんだろうと思います。

これは「位牌そのものが絶対に必要」というより、家族の歴史、先祖とのつながり、自分がどこから来たかを大切にしていた表れとも言えるでしょう。
ご先祖を知る。
きっとご先祖も喜んでくれると思います。

今は墓仕舞いの問題もありますね。
延命治療もありますね。

「死者とどう関わるか」
「命の終わりをどう考えるか」
「自分は先祖から何を受け継いできたんだろう」
考えるきっかけになると嬉しいです。

渡邉裕佳子

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