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【生きてる、それを伝えるために通信は進化した】1447号

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今日は、東日本大震災の“翌日”のことを書きたいと思います
震災当日ももちろん大変でした
でも、本当の修羅場って、実は翌日から始まるのです
そう15年前。
たった15年前。
日本中が改めて
「私たちは地震の国に住んでいる」
という現実を、突きつけられた日でした
そして、通信の世界にいる私にとっては
この震災は、ただの災害ではありませんでした
通信の意味が、また一段深く変わった出来事
でもあったのです
災害が起きたとき
人が一番知りたいことって、何だと思いますか?
それは
「生きてるのか」
これです。
返事が欲しい。
声が聞きたい。
無事か知りたい。
でも、被災した側は
返事をする気力もないかもしれない
スマホの電池も残っていないかもしれない
そんな時に
「読んだ」
それだけでもいいみらしいとな
それだけでも
送った家族側にとっては
希望になる
だからLINEの「既読」って、普段は
「え、読んだのに返事くれないのー?」
なんて言われることもあるけど🤣
災害時には
命のサインにもなり得るのです
これが始まったのは東北の震災から
🌱 災害のたびに、通信は進化してきた
阪神・淡路大震災のときは
今みたいにスマホなんてありませんでした
青空伝言板。
紙の掲示板。
「私は無事です」
「どこどこにいます」
そうやって、安否を探していた時代
でもそこから
「個人が個人とつながれる携帯電話」の価値が
一気に変わったのです。
東日本大震災では
ガラケーからスマホへの移行が進み
LINEのようなアプリが
一気に“国民的なインフラ”に近い存在になった
そしてコロナでは
スマホもタブレットも
老若男女に一気に広がった
外に出られない
会えない。
でもつながりたい
その不安や不満を
デジタルツールが支えたのです
つまり、通信って
災害や社会の危機のたびに、進化を求められてきた
とも言えるのです
🌱 もっと前から、通信は命を救うために進んできた
実は、もっと前にもあります
1985年群馬の御巣鷹山に日航機が墜落したとき
当時まだ開発途中だったショルダーフォンを
NTTが前倒しで実用化にこぎつけた
なぜか。
通信がなければ、救えない命があるから
消防も。
警察も。
自衛隊も。
通信がなければ仕事ができない
どこに誰がいるのか。
何が起きているのか。
何を優先すべきなのか。
それがわからなければ
助けられる命も助けられない
だから災害時には
電気やガスや水道より先に
通信の復旧が急がれることもあるのです
能登の震災の時もKDDIとドコモのアンテナは
海上で船で持っていった
それくらい
情報は命
なのです
🌱 通信は、ただ便利なだけじゃない
普段はね
料金が高いとか
スマホが遅いとか
容量が足りないとか
そんな相談が多いです
でも、その奥には
もっと大きな意味がある
つながること。
伝わること。
「生きてる」が届くこと。
私はそこに
通信の仕事の社会的使命があると思っています
通信って
ただ便利にするためだけのものじゃない
人の不安を減らし
命をつなぐためのものなのです
🌱 忘れないために
災害なんて、起きない方がいい
もちろんそうです
でも日本は
これからも災害と共に生きていく国
だからこそ、そのたびに
何を学び
何を備え
何を次に活かすのか
それを忘れちゃいけない
あの日を
「昔の出来事」
で終わらせないために
通信は、今日も進化している
そしてその根っこには、ずっと
「生きてる、それを伝えたい」
という、人の願いがあるのだと思います

奇跡の一本松
🐾ナゾ猫先生のひとこと
「通信はニャ😺
便利のためだけじゃないんニャ
“生きてる”を届けるための
命綱なんニャよ」
本日の気づき
● 災害の翌日から本当の修羅場が始まる
● “既読”ひとつが希望になることがある
● 災害のたびに通信は進化してきた
● 情報は命、そのもの