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アトリエ雲丹 秋ですね

秋ですね。
皆さんは秋といえば何を思い出されますか?食べ物ですか?スポーツですか?
私はある小説が真っ先に思い出されます。
「錦繡」 宮本輝著
昭和57年3月に新潮社より刊行
わたしが20代後半に出会い、30年近く経った今でも年に2回程読み返します。

この小説は、ある事件を切っ掛けに離婚した男女が10年後偶然再会し、手紙のやり取りを始めるのです。それを読者に読ませるのです。
訳あり男女の秘密のやり取りをこっそり覗けちゃう訳ですね。

私は元々読書好きで、高校生の頃には読書する為に、10分早く起き、目覚めたら布団の中で10分読書してから起き出して登校するというような事をしていました。

ここで、私が新しい本に出会ったらどの様に読むかをお教えしましょう。
まず、書店で本を購入します。帰宅まで我慢は出来ません。電車を待つホームでも、信号待ちでも、エレベーター内でも、立ち止まる時間があればとにかく本を開きます。帰宅したらその格好のまま、冬ならコートを着たまま、リュックを背負ったまま、一気に最後まで読みます。その間、食事は勿論取りません。トイレにも行きません。
時間の感覚は無くなります。ようやく読み終えたら食事を取り、風呂に入り、布団に入ります。
翌朝は10分早く起き、昨晩読み終えた本を最初から今度はゆっくりと10ページずつ読みます。
早く帰宅してまたあの本を読みたいというワクワクする気持ちを味あう為、持って出掛けることはしません。帰宅したら朝の続きをまた10ページ読みます。それを何日か続けると読み終えます。そうしたら、また最初から今度は好きなたけ読みます。10ページの日もあれば、50ページの日もあります。そんな風に1冊にどっぶりハマります。
そして、ハタと読むのを辞めて、何カ月か何年か寝かせて、また読み返すのです。
ちょっと変態ですね。

で、「錦繡」はどの様に読んだかといえば、勿論初日は一気に最後まででしたが、この小説は男女手紙のやり取りがそのまま再現されています。そして、小説内のある登場人物が女からの手紙のみを読み涙を流すシーンがあるのです。
そこで、私も女からの手紙だけを最後まで読みました。次に男からの手紙だけを読みました。最後に最初から全部を一気に読み、翌日からは数ページずつ読みを繰り返し、また寝かせておくことにしました。
「錦繡」に出会ってから30年弱、何度読み返したことでしょう!元々古本であったし、紙の色も端から茶色く変色し、いつしかカバーもボロボロになり捨ててしまいました。ですが、ページを捲るとまた、あの男女の手紙のやり取りが始まり、昭和時代の上野駅が目の前に拡がります。私は通行人、同じ電車に乗った乗客、旅館の仲居、タクシーの運転手として男女の傍に居続けて、最後の行で読者に戻るのです。
私はこの小説を読んで、情けなくて、悲しい男女の手紙のやり取りを見て、人間てなんて阿呆なんだろうと思いました。
そして何だか清々しい気持ちになったのです。どんなに情けなくて阿呆みたいな人生だとしても生きていかなきゃならないんだなと。

皆さんは秋といえば何を思い出されますか?
私は秋になると「錦繡」を思いだします。

アトリエ雲丹 きょん 2025,10,4

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