マイヒストリー②

昨日のブログから続けて

マイヒストリー②

 

 チャプター1

【自己肯定感】が生まれた時から低かった、その理由は

わたしが両親が望む『男の子』で生れなかったから

 




小学生になった頃だったか、

母から冗談めかして言われた言葉が、

ずっと引っかかっていました。

 

 

それは・・・

 

「お父さんは、本当は男の子が欲しかったんだよ」

 

「あなたの上に双子の男の子がいたはずが死産だったの。その子たちが生まれていたら、あなたは居なかったかもね」

 

 

母は笑いながらだったし、愛してはもらっていたと思うけど、

わたしは【が~ん!!!!】というショックを大分受けていたみたいです。

 

 

思い返せば、この時から

 


『女の子のわたし』は望まれていなかった、

いらなかったんだと思い込んでしまったのだろうなぁ。

 

 

 

本当は生まれる予定ではなかった、欲しかったのは「男の子」だったのだから【自己肯定感】なんて 持てるはずもなく・・。

 

 

多分どうにか

『男の子でない』けど、

『生きていて良い』という許可が欲しくて、

一生懸命イイ子でいようとした子供時代。

 

 

 

警察官だった父の姿は、カッコよくて大好きだったから、

幼いころから 大きくなったら婦警さんになりたい!と、父の膝に乗って話していた思い出があります。

 

 

でも、わたしが小学生の時に

父が胃がんで入院。

 


幼かった私と妹には『胃潰瘍』と伝えられ、しばらくすれば帰ってくると軽く考えていたのに・・。



このことは

後に  母に対して、

なんでちゃんと教えてくれなかったんだ‼️

知らなかったから、ちゃんとお別れも出来なかった‼️ という 少し理不尽な思いを持ちながらも、

母にはぶつけなかったのに


どこか 内側でくすぶっていたみたいです。


 

 

父は

入院と手術を繰り返し、

2年弱の療養で亡くなり、

丁度

私の中学校の入学式の日が父の告別式でした。

 

 

仕事柄、一緒に過ごした時間は

本当に限られていて、

ほとんど思い出らしい記憶がないのですが、

制服を着た姿、刑事さんになった時の様子。

一緒に海に行った時の姿。

和服の似合う素敵な父だったなぁという思いだけはあります。

 

 

今思い返すと

一生懸命好かれたい、

気に入ってもらいたいという気持ちが

あったのだろうなぁと思います。

 


私の夢だった婦人警察官。

父のあとを継ぎたいという想いは、

父が亡くなったタイミングが丁度 

姉が高校を卒業するタイミングだったことで

急に変わってしまいました。

 


 それは、

姉本人は嫌がっていたにも関わらず、

周囲の大人が半ば強引に父の遺志を継ぐように勧め、姉は警察学校への入学が決まったのです。


 

別に その後私もその道を志しても

良かったのでしょうが、


その時のわたしの想いは

「わたしではなかったんだ・・」という

喪失感、失望感、虚無感で、

婦警さんになりたい気持ちが

何故か すっぽりなくなってしまいましたショボーン

 

 

父の想いを【継ぐ】ことが出来なかったという想いが重なり、 さらに わたしの自己肯定感はだだ下がっていったのです。

 

 

そんな 私のその後は また次回にニコニコ

 


今日も読んでいただき、

本当にありがとうございました。



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