ミシガン便り(2)

 皆様お元気のことと存じます。アナーバー(Ann Arbor)のアパートに落ちついて今日でちょうど1週間経ちました。皆元気です。ただ下の赤ん坊がまだ昼夜逆転していて寝つきがあまり良くないほかは、みんなすこぶる元気です。

 アパートは予想外に狭く、日本の3DKくらいで少しがっかりですが、まあ困ることはありません。アパートといっても二階建てのものが並んでいるのです。前便でも申し上げた通り、周囲は一面の芝生で、ところどころにシーソー、ブランコ、砂場などがあって、車が来ることもなく、子供たちの遊び場は十分です。今は天候は比較的よく、日中はかなり強い日射しです。湿気は大変少なく札幌のそれに似ています。

 アナーバーの町はけっこう賑やかなところもありますが、ごく小さな町です。しかしこのような大学町でも最近は車の増加が激しいらしく、町中至る所で一方通行や駐車禁止の立て札が出ています。大学でも駐車場の使用には許可が要ります。この点は東大の方がずーっと楽でした。こちらは右側通行で、しかも信号が道路の真ん中に置いてあったりして、これに慣れるのに苦労しています。私の車もこちらでは、日本で使っていたカローラに比べるとその3倍も大きいので、当分は慎重にノロノロ運転を続けることにしています。しかし通行人がほとんどいないので助かります。

 アパートには世界各国の人が住んでいます。毎日いろいろの顔や言葉に接します。子供たちは黒人の子供を見て驚いていました。日本人は5家族くらいですが、何事によらず助け合って暮らしています。どうしても言葉の関係などで日本人同士のつき合いが多くなるのはやむをえません。

 この町の一般の人達の生活は大変質素です。服装なども地味で、普段着が一番幅をきかせています。昨日も研究室のパーティがあったのですが、家内が日本から持参のごく普通のネックレスをつけて行ったところが、皆がそれを見せてくれといって集まってきたほどでした。まあアメリカといってもいろいろで、ニューヨークなどの大都会とは違う面があるのでしょう。とにかく田舎です。たとえばテレビや新聞(アナーバーニュースというのをとっていますが、発行部数は3万部位です)には世界のニュースなどはほとんど出ません。ベトナム戦争はどこの国がやっているのかと思い出せないくらいです。

 初めての日曜に近郊の保養地を訪ねました。アナーバーの近くは湖水がとても多く、景色は素晴らしいものです。ほんの20〜30分も車を走らせると、至るところに保養地があります。こんなところは日本であるとすぐにレジャーセンターなどになるのでしょうが、この州では自然の保護に力を入れているらしく、人口の設備はほとんどありません。それだけにお腹がすいてもちょっと食事をというわけにいかず困ってしまいます。湖水ではヨット、モーターボート、水泳を楽しむ人がたくさんいました。上の子供がボートに乗せてくれといって聞きませんので、貸しボート屋を捜したのですが、それがないのです。アメリカ人たちは皆車でボートを引っ張ってくるのですね。

 田舎だけに人々の情は深いだろうと思います。また大都会の場合と違ってのんびりとしたところもあるのでしょう。そうひどく違和感は感じません。また旅行中に苦しんだチップをやる必要のないのも大助かりです。

 ただ最近この静かな大学町にショッキングな事件が続き、新聞は連日大見出しで報道しています。それはここ2年位の間にミシガン大学の女子学生が6人も殺され、私どもがこちらに来てからまた1人殺されて、全部で7人の殺人事件があったことです。今度の事件で、犯人についての有力な手がかりが得られたと報じていますが、警察が何となく頼りないような気もします。詳しいことはまだ知りませんが、この手紙が届くころは日本でも報道されて話題になっているかもしれませんね。


 私の研究室は総勢6人で、風通しはすこぶる良好です。何かと親切にしてくれるので助かります。皆優秀な人達ばかりで、しかも猛烈に勉強します。一日中話といえば研究のことばかりです。しかし変な競争心などはまったくなく、大変居心地がよろしく、来て良かったと思っています。研究の時間に恵まれているのもありがたく、東京にいた時と違って朝起きて毎日同じところに行くことだけを考えていれば良いので、私のような不精者には誠に好都合です。

 仕事のことについては、もう少し落ちついてからお便りするつもりですが、病院で週1回カンファレンスがあるので、それに出席して臨床を忘れないようにしています。研究室の方も毎朝8時過ぎには総勢が揃いますが、このカンフェレンスの方は7時半からです。眼科は一回りだけしましたが、東大、五反田などとあまり変わりはありません。病棟は知りませんが、外来はスペースが関東逓信病院の一フロアーくらいの大きさで、教授連は個室の診察室を持っています。患者はミシガン州や中西部の中央病院的な役割のゆえに遠くから車でやってくるようです。最初はこんな田舎町に大きな大学病院があると不思議にも思いましたが、そのようなわけです。

 またまだ書きたいことはありますが余白が少なくなりました。私の今の感じでは、アメリカの大都会は多分東京、またはそれ以下の文化しかないと思います。したがって、田舎に来るのも意味があると思われてきました。  ( 44. 7. 10 ) 

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