眼科学通信(2)論文内容要旨

「ヒトの資格誘発電位の研究」

東京大学医学部眼科学教室 大庭 紀雄

指導教官 鹿野 信一教授


Dawsonの重ね合わせ法により、種々な刺激により誘発されて脳波の中に出現する誘発電位をヒトの頭皮上から記録することが可能になった。さらに1960年代に入り、エレクトロニクスの進歩に伴う電子計算機の応用により、誘発電位の細部について、高い信頼性をもって研究することが可能になった。ヒトの光刺激による視覚誘発電位についても活発な研究が進展しているが、その多くは生理学、脳波学、心理学の分野からのもので、眼科領域からの報告は極めて少ない。著者は今回の研究を始めるにあたり、誘発電位に関する電気生理学的機序の側面は他の分野からの報告にゆずり、この電位が眼科領域の問題にどの程度応用できるか、その可能性を検討することを目標とした。この資格誘発電位は網膜興奮が大脳皮質へ伝達されることを示す他覚的指標として、現在のところ我々の持ち得る唯一のものである。そこで、2、3の実験を行ったところ、いくつもの興味ある知見を確認するとともに、新たな事実を得ることができたので、以下にその要旨を記したい。


実験方法

脳波の誘導は後頭部頭皮上に置かれた銀電極により行われた。電極位置は、種々検討の結果、後頭部正中線上後頭結節より1〜2ミリメートル上方に置いた。単極誘導を原則としたが、一部の実験では双極誘導も行った。誘発電位の記録のために、小型電子計算機(CAT, MEDIAC)を使用して、多数回の刺激による反応を加算平均する方法を用いた。一般に50〜100回の加算により、明瞭な誘発電位の波形成分を確認することが可能だった。波形の解析は、刺激時点から250〜1000msecとした。脳波の増幅は、一般に行われるごとく交流増幅器を使用したが、記録はすべてFM tape recorderに収録するとともに、眼球の動き、瞬目等も同様にモニターし、artifactの混入部分は解析から除外するようつとめた。被験者は、著者を含む正常人数名を用い、いずれも実験内容を熟知した協力的な者だけを用いた。同一被験者につき、3〜5回の繰り返し実験を行い、結果の再現性を検討。光刺激の条件については以下の項に逐次記す。


結果及び孝按

資格誘発電位の波形はかなり複雑で、且つ被験者間に於いてかなりの変動をみるのが特徴的であった。しかし、刺激条件、記録条件を一定にして実験を行うと、同一被験者における再現性は非常に良いことを認めた。


1 網膜刺激部位との関係

視覚一度に相当する光点で、網膜を局所的に光刺激した時の誘発電位を記録した。この場合、注意すべき事柄は、眼内透光体での光の散乱により生じる、non-focalの光刺激効果による電位を取り除くことであった。そのための条件として、網膜盲点部に光刺激を行った時に、誘発電位の発生をみない、ということが挙げられる。刺激光源として、ブラウン管oscilloscopeのスクリーン上に短持続性のスポット状ビームを発生させ、その明るさ及び明順応の明るさを種々に変化させて検討したところ、経験的に、光刺激の強さが弱く、且つある程度以上に明順応状態にある時に、上述の条件を満足する事がわかった。網膜の種々の部位を局所的に刺激した結果、

(1) 光刺激後、90〜170msecに後頭部陽性の比較的著明な電位変動をみた。

(2) その振幅は、黄斑部刺激の場合に最大で、刺激部位が網膜周辺部になるほど小さくなる。また、頂点時間は、黄斑部刺激の場合に最も小さく、周辺部刺激の場合に20〜30msecの遅れがみられた。

(3) 明順応の明るさを大きくすると、誘発電位の振幅は一般的に小さくなるが、特に、周辺部刺激の場合に著しい。

これらの結果は、Copenhaverら、Pottsら、初田の成績にほぼ一致する者である。潜時(頂点潜時)の相違については、従来の報告に記載がないが、著者の報告にやや遅れて、Easonら(1967, EEG Journal)は、筆者の成績と同様な報告をした。

 この実験から、網膜の局所的刺激の効果を記録する事が可能なこと、及び誘発電位には、網膜中心部、即ち錐体系の活動が、他の系、即ち杆体系よりも、大きく関与しているものと考えられた。


2 光刺激の強さとの関係

光源として、Xenon白色閃光(視覚一度)を用い、その強さを中性フィルターにより段階的に増減した。(自覚的に求めた視覚の閾値はおおよそ九対数単位減弱の刺激光であった。)

(1) 視覚の閾値に極めて近接した弱い刺激光によっても、誘発電位が記録されること。

(2) 刺激光が強くなるとともに、振幅が増大すること、しかし、波形の構成要素により、必ずしも一定の関係を持たないこと。

(3) 潜時は、刺激光の増大とともに短縮すること。その際、刺激光の弱い範囲と強い範囲で、変化のしかたに相違があり、刺激光の強さ(対数)と潜時の関係は、折れ曲がりを有する曲線で示される、ことがわかった。

以上の結果は、従来の多くの報告とほぼ一致する結果であるが、刺激光の強さと潜時の間に、折れ曲がりを認めたものはVaughnのみである。筆者は、この現象を説明するために、色光を用いて同様の実験を行った。その結果、青色光の場合には、同様の結果を得たが、赤色光の場合には、折れ曲がりを認めることはできなかった。このことから、網膜の二つの性格を異にする系(錐体系、杆体系)の活動が視覚誘発電位の上にも表現されるものと考えた。


3 パターン光刺激による波形変化

一般に行われる非パターン光刺激に代わり、パターン光刺激を用いて視覚誘発電位を記録し、前者の場合と比較検討した。その結果、単純な光刺激の場合と、複雑な光刺激(パターン図形提示)の場合とで、比較的潜時の長い成分(刺激後200msec前後)に相違がみられた。そこで、提示されるパターンの差異(形、大きさ、コントラストなど)が波形に変化を及ぼすかどうかを調べたが、一定の関係を見出すことは難しかった。そこで、筆者の実験で得られた結果は、視覚的活動に伴う複雑な二次的活動を表現するものと考えられた。なお、筆者の報告後、Harterら(Vision Research, 1966)は、筆者と同様の結果を報告した。更に、彼等はパターン図形の見え方と波形の変化との間に関連のあることを報告した。筆者も同様の事実を認めている(未発表)。


結語

視覚誘発電位を眼科領域の問題に応用することの可能性を追求することを目標として実験を行ったところ、いくつかの興味ある事柄が明らかになった。

1 視覚誘発電位の振幅、潜時は、光刺激の特性(強さ、刺激網膜部位)に従って系統的に変化すること。

2 視覚誘発電位には、網膜の錐体、杆体両系が関与すること。そして錐体系の関与がより大きいこと。これは、従来他覚的検査法として発達した網膜活動電位の網膜疾患における応用での欠点を補って、視覚誘発電位が網膜黄斑部の検索の一つの手掛かりになる可能性がある。

3 視覚誘発電位に、網膜の局所的刺激効果が明確にみられることは、他覚的視野検査法として発展応用させうる可能性が十分である。

4 パターン視の場合に、視覚誘発電位が変化を示したことは、これが、一種の他覚的視力検査に応用しうる途を示唆するものである。


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