24時間戦っていた日々〜子どもの成人について思うこと

  • 配信日: 2020-05-11 09:34:07.579229
数日前(2020年5月初旬)、長男のトビが20歳のお誕生日を迎えました。

沖縄で一人頑張っているため、東京から沖縄へ行くことはこの状況下叶わず、一緒に祝うことはできませんでしたが、
お腹にいてくれた頃からずっと

「子どもが20歳の誕生日を迎える時に自立していること」

だけを願ってきたので、こみ上げてくる思いもひとしおで、長い時間、めずらしく感慨に耽っておりました。

尋常ではなく手がかかる育児に、元夫や義父母の大借金、そして育ての両親との様々な軋轢などで、疲労困憊していた日々を思い出します。

それにしても、思うことはただ一つ。

「こんな日を迎えられることを知っていたら、あんなに悩むことも、子どもを泣かせることもなかったのに。」

ということでした。

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【自分のコントロールが効かないほど疲弊していた】

発達障害についての情報などがあまりなかった十数年前は、なぜ自分の子どもがこんなにも手がかかるのか、その理由が全くわかりませんでした。

「何度言ったらわかるのか?」

と大爆発し、長男を、ランドセルやおもちゃ、教科書などと一緒に、庭に投げ出したことも何度かあります。
近所の人たちの目を気にする冷静さにも欠き、一部では虐待しているのではないかと心配されていたほどでした。

「負荷が高すぎて、自分ではもう自分のコントロールが効かないほど疲弊していた」

のです。

いまだに何度も思い出すシーンがあります。
発達障害と診断を受ける少し前の、彼が小学4年生の頃でした。

「どうしたら、君はわかってくれるの?」

やるなということをやる、やりなさいということをやらない。

私は、幼い頃からずっと、同じ間違いを何度でも繰り返す彼の前で、とうとう泣き崩れました。
もうどうしようもないほど、育児だけでなく、夫婦関係や仕事でも疲れ切っていたのです。

「どうしてそうなのか、自分でもわからないんだよ。」

とトビも、そこに立ったまま、ぽろぽろ涙を流しました。
2人で、出口の見えない苦しさに、その後ただただ無言で泣き続けたのです。

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【目に見えないガソリン】

トビが小さい頃につけていた日記を読み返し、こんなことがあったことも思い出しました。

止まれ、と大声で制しても、一瞬で、ぴゅーっとどこかに走って行ってしまう彼を、何度も叱る日々。
まだ3歳前後だったと思います。

「目に見えないガソリンでね、おててと足が、勝手に動いちゃうんだよ」

と涙を両目にたくさんためていた小さな姿。
この言葉こそ、自分を持て余していた彼の心の言葉そのものだったのに、と思います。

もう3歳だから、もう幼稚園だから、もう小学生だから・・・

初めての子だったこともあり、
厳しくしつけることに躍起になっていた当時の私になり替わり、
今の記憶と情報を持ったまま、もう一度育て直してあげたいと、この時のことを思い出すたびに、胸がいつも締め付けられます。

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【劇的な改善劇と、改めて皆様に伝えたい気持ち】

小学5年生の時に、アスペルガー児を育てていたママ友からの助言により、初めて発達障害の可能性について思い至ります。

まさか自分の子が、とは当時思わなかったのですが、
都立大塚病院の児童精神科で発達障害の診断を受け、それまで花占いのように

「今日こそわかってくれるかもしれない」
「今日もダメだった」

といった希望を、すぱっとあきらめることができました。
トビも、原因がわかって、楽になったようでした。

そこから立ち上がり、分子栄養学、量子生物学にたどり着き、今に至ります。
この間の大きな変化は、個人で6年前に始めたブログを読んでくださっていた多くの方々が、まさにリアルタイムで見続けて下さった証人です。

また、だからこそ
「みんなで一緒に乗り越えてきた」
といった同志のような心の絆もあるように思います。
どれほど、皆様から寄せられるお声に励まされてきたかわかりません。

今の仕事につながっている、6年前に書き始めたブログからの抜粋記事なども再編集してUPしました。
小学5年生で始めたピアノを、1年ちょっとで弾けるようになった貴重な動画も掲載しています。

あらためて、長男トビさんが20歳になった節目に、
ぜひ下記記事を読んでいただけたらと思います。

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発達障害克服までの道のり~子どもが成人した日に
https://kodomodesign.or.jp/archives/5035